源義経、女子となる―『平家物語』1

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ正しい物語である」と。そんな神の支配する世界に生きる内気な姫さよと、勝気な姫ごうは『源氏物語』の物語を変え、再び物語の神の怒りを買う。無残な最期を遂げた二人は再び転生し、気がつくとそこは男がすべての実権を握り武力で制覇する『平家物語』の世界であった。河出書房新社から11月発売予定、雀野日名子さんの痛快エンタメ小説を、いち早くお届け。(提供元:河出書房新社)

あのようなものを書かせるために、筆を許したのではない。

下界から源氏物語の名が聞こえてくるたびに、物語の神は苦々しくなる。

紫式部は何を血迷ったのか、『源氏物語』の方向性を変えてしまった。光源氏の恋人たちは自我に目覚め、寄ってたかって光源氏を潰してしまったのだ。

物語の神を嘆かせたのはこれだけではない。女人にょにんたちは夫への恨み節だの、男への批判や皮肉だのと、誤った物語をつづるようになったのだ。それもこれも「ごう」と「さよ」のせいである。

だが平安王朝から武士の世へと変わった今、物語をつづる女人たちは姿を消し、男たちが軍記物を生み出している。男が描く男の美学の物語であり、女人はそれを引き立てるために存在する。

物語の神は「ごう」と「さよ」を『平家物語』に放りこむことにした。約五十年前に繰り広げられた源氏と平家の戦を題材にしたものである。

物語の神はふたりの設定を改めた。「ごう」は、扇をひらひらさせて舞うだけの白拍子しらびょうしに。「さよ」は筆ではなく弓矢を持つ女武将に。女を売りにせねばならない「ごう」と、男同様の生き方を求められる「さよ」にとって、苦悩の物語となるだろう。


源義子みなもとのよしこと白拍子】

かがり火をく軍営で、木曽義仲軍との合戦を終えた源頼朝軍の武将たちは美酒に酔っていた。

今日は頼朝軍の圧勝だったが、小隊を率いる源義子は青白い顔をし、さかずきを見つめている。

十八歳を迎えた義子の初陣ういじんだった。頼朝の母違いの妹である義子は、子ども時代から弓術や馬術を仕込まれ、兵法を学んできた。死臭が漂う山里や死骸が浮かぶ川も目にしてきたし、そうした場に身を投じる覚悟も固めていた。だが初めての実戦を終えた今、義子は自分の無能さに落ちこんでいた。そんな義子を尻目に武将たちは盛りあがる。

「今日の戦勝は、景季かげすえどののおかげじゃ」

「いや、高綱たかつなどののご武勇があればこそ」

義子は今日の戦を慎重に進めるつもりだった。川の流れ方が不自然だったのだ。敵軍が上流を堰止せきとめ、源氏の隊が渡るときに一斉放流する策だと読んだのだ。

だが、梶原景季と佐々木高綱というふたりの若武者が我先にと川へ突き進んだ。案の定、上流から激流が押し寄せてきた。だがふたりは巧みに馬を操って川を渡りきり、他の武人たちも雄叫びを上げて続いた。義子だけ、ぽつんと岸辺に取り残す形で。遠回りしてようやく対岸に到着したときには、戦の勝敗はおおかた決まっていた。

合戦後、義子は小隊全員を集め、軍規を守ってほしいと言った。すると景季の父である梶原景時かげときは「互いの名馬を競いあっただけ。義子様をないがしろにしたわけではござらぬ」と薄笑いした。

「たかが馬、されど馬、男の名誉をかけた競い合いは女人には分かりますまい。それに、あの勢いで対岸に渡っていなければ、今回の戦には勝てませんでしたぞ」

反論できなかった。

義子が頼朝から預けられた兵は、徒歩かちの郎党を含めて約二千名。敵陣の後方から攻撃をかける補助部隊からめてだ。隊がまとまっているのは、頼朝からの信頼が厚い古参の景時が牛耳っているからだ。他の武人たちも、頼朝が妹の義子を隊長として配属したから、形式的に従っているにすぎない。

今夜の酒宴は、義子の初陣勝利を祝うために開かれたものだ。だが実際は戦に華を添えた若武者ふたりのための宴であり、義子は上座を与えられながらも蚊帳かやの外に置かれていた。ときおり、どっと笑い声が湧きおこる。ふんどしの締め具合や遊女の品定めといった話で、義子には入ることのできない話題だった。

「ところであの巴御前ともえごぜんとやらは、噂にたがわぬ猛女でござりましたな」

男たちは、木曽義仲の愛妾だった女武将の話に花を咲かせる。単身で馬を飛ばす巴御前は大柄で顔つきは獰猛、筋骨隆々とした身にまとう鎧は鉄でできていた。返り血まみれの巨大馬にまたがって大薙刀なぎなたを振り回し、突進してきたふたりの猛者もさを両脇で抱えこむようにして受け止めるや、一瞬で首をじ切った。その姿は闘神そのものだった。

「義仲に代わって軍勢を立て直すのだろうが、女人が大将を務めるならば、あれぐらいの実力と風格がなければのう」

義子は杯を手にしたまま、うつむく。小柄な義子は女人用の甲冑かっちゅう──胸部にゆとりを持たせて腰部を絞ったもの──を着用し、弓もひとまわり小ぶりなものを使っている。

「巴御前とは、ねやで戦を交えてみたいものじゃ」

「大事な箇所を捩じ切られますぞ」

男たちはしょせん、きわものの大女として面白がっているだけなのだ。

「これ! 今宵は義子様の初陣を祝う宴であるぞ。酌をしてさしあげぬか!」

景季が声を荒らげると、武士たちは酒を手に義子のもとへと向かう。

「いえ、私は酒は……」

「酒すら飲めない者が、男と同等に戦えるとお思いか?」

飲みなされ飲みなされとはやしたてる男たちを、景時が制止した。

「義子様はまだ十八、わしらが酔い潰したとあれば頼朝どのにお叱りを受けようぞ。義子様にはもっとしっかりした体を作っていただかねばならぬ。これ、飯を持ってまいれ」

景時が手を打ち鳴らすと、村の女が飯びつを抱えてぞろぞろと現れ、義子の前に並べた。

「飯はさっき、食したので……」

村の女たちは一斉に蓋を開ける。義仲軍の生首がずらりと入っていた。

義子は口を押さえて逃げ出し、男たちは大爆笑した。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子
河出書房新社
2021-11-02

この連載について

初回を読む
かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ“正しい物語”である」と。 そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、帝の后選びの場で勝気な姫ごうに出会う。自由を求め物語の神に反旗を翻した二人は、『源氏物語』から『平家...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません