女光源氏、懐妊す―『源氏物語』6

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ正しい物語である」と。そんな神の支配する世界に生きる内気な姫さよと、勝気な姫ごうは『源氏物語』の世界へ送り込まれ、佐与と光子として生まれ変わる。傷ついた佐与を救うべく光子は女光源氏として活躍するが、やがて彼女は懐妊してしまう。子を宿したヒロインに世間は掌返しを始めるのだった。河出書房新社から今秋発売予定、雀野日名子さんの痛快エンタメ小説を、いち早くお届け。

【焼け落ちる、ふたつの星】


女源氏がすっかり鳴りを潜めているのは、子を宿してしまったせい。

そんな噂を耳にした女人にょにんたちは失望した。彼女たちが憧れていたのは、「妻」とも「母」とも「娘」とも呼ばれることのない、自由で強い女源氏だったからだ。

しかも、女源氏の正体が皇女光子ひかるこだと噂する声も聞かれるようになった。吐き気に苦しむ女源氏がいおりから運びだされ、牛車で光子の私邸に運ばれるのを見たというのだ。佐与さよは使用人たちに別の噂を流させた。庵で痛飲した女源氏が水を求めて、近くにあった屋敷の門を叩いたのだと。

本来なら、これでごまかせるはずだった。すると今度は、女源氏が足繁く通う庵に、帝に似た男童おのわらわがいると言い出す者が現れた。ならば女源氏の正体は皇女光子で間違いないと。

女源氏への女人たちの失望は、嫌悪へと変わっていった。貴族の男たちも、こぞって女源氏を非難した。五つも六つも年下の相手とちぎるなど、女人として異常であると。そんな彼らは、光源氏が十歳ほども離れた女児を妻に選んだことについては、常識の範囲内としている。

別の声もあった。女源氏が皇女光子だとしても、腹の子の親は男童とは限らないと。そもそも女源氏が契った相手は数知れずだと。恋愛遍歴のつけを払うのはいつも女人、ああ女人とは気の毒なものよ、と。

これらがすべて根も葉もない噂であれば、佐与は帝に相談のふみを送ることができた。だが文など送れる状況ではなく、帝の耳に入らないことをひたすら祈るばかりだった。

そんなある日、中宮ちゅうぐうから光子宛てに届け物があった。帝の代わりに用意したとの文が添えられたそれは、堕胎薬だった。

薬の包みをつまみあげて眺めていた光子は、鼻で笑うと放り捨てた。

「佐与、中宮をここに来させよ。代理の者ではならぬ」

光子は、日に日に大きくなっていく腹を愛おしげに撫でた。

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子
河出書房新社
2021-11-02

この連載について

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ“正しい物語”である」と。 そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、帝の后選びの場で勝気な姫ごうに出会う。自由を求め物語の神に反旗を翻した二人は、『源氏物語』から『平家...もっと読む

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