光源氏が女になったら物語はどう変わる?―『源氏物語』1

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ正しい物語である」と。そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよと、勝気な姫ごう。二人は「自分の物語を生きる」と決めたことで物語の神の怒りを買い、次の物語世界に送り込まれることとなる。目覚めた世界では雅な平安世界が広がっているのだった。河出書房新社から今秋発売予定、雀野日名子さんの痛快エンタメ小説を、いち早くお届け。

「ねえねえ、佐与さよ。もう一度、読み聞かせてたもれ」

乳姉妹ちきょうだいの佐与に甘える光子ひかるこを、母親である更衣こういがたしなめる。

「光子はもう、数えの七つでしょう? 絵巻ぐらい自分でお読みなさい」

光子は、肩で切りそろえた髪を揺らして首を横に振る。

「佐与に読んでもらうほうが好きなのじゃ」

そう催促された佐与は、嬉しそうに絵巻を巻き直す。

光子と、その乳母めのとの娘である佐与は、姉妹同然に育てられてきた。生まれは一ヶ月しか違わないが、佐与は光子とは比較にならないほど多くの書を読む。まだ意味が拾えないだろう和歌集や、年長の皇子みこたちが読み終えた漢語の書はもちろん、宮中に仕える女房たちが扇に書く戯れの歌でも、むさぼるように読む。光子は書の内容を語り聞かせるよう、佐与にねだってばかりいる。

そんなふたりが飽くことなく読み続けるのが『竹取物語』だ。いつ誰によって書かれたのか定かではない物語の世界に、さらなる物語を付け加えて楽しむのだ。あたかも、この月の女人にょにんの物語は自分たちのものだと言わんばかりに。

満月の夜に産声をあげたふたりは生まれつき、後ろ首に三日月の形のあざがある。湯浴ゆあみをすると赤黒く変色し、矢傷のような形が浮かびあがる。

渡り廊下を急ぎ足でやってきた女房が、「帝のお渡りにございます」と更衣に告げる。うちき姿で休んでいた更衣は身なりを整え、帝を迎えた。

「このような離れまでお渡りいただき、おそれ多いことにございます」

「近々、療治を受けやすい住まいを用意するゆえ、今しばらく不便に耐えよ」

喜々として飛びついてきた光子を、帝は愛おしげに抱きあげる。前髪を上げるようになり、光子はますます更衣に似てきた。

「光子よ。今日も竹取物語を読んでもらっておるのか」

帝が腰を下ろすと、光子は父の膝を独占し、得意げに顔を見上げた。

「我は大人になったら、父君のきさきになるぞ」

帝は声をたてて笑い、更衣はたもとで口元を隠して目を細める。帝は、用意してきた菓子を光子にほおばらせ、佐与にも差し出した。

「佐与、そなたは自身の名を漢字で書けるか?」

「はい。寄り添って助ける意味の佐と、力を合わせる意味の与です。夢に現れた満月に、そのように名付けるように言われたと、亡き母から聞きました」

「うむ。その名のとおり、この光子に寄り添って生きてほしい」

帝もお気づきでいらっしゃるのだと、更衣は顔を曇らせる。

下級貴族の出身でありながら寵愛を一身に集めている更衣は、上級貴族出身の女御にょうごたちからにらまれている。帝が訪ねてきてはくれるものの、まつりごとの場ではない裏内裏だいりには帝の力は及ばない。そして病気がちな更衣は、自分の余命がそれほど長くないことを自覚している。

「父君、佐与が絵巻を読むのを聞こう。かぐや姫は、帝の一万の兵を皆殺しにするのじゃ」

すると佐与が、光子を軽く睨む。

「そんなこと、しません。眠らせるだけです。それに、一万人じゃなくて二千人よ」

光子は「二千も一万も同じじゃ」と佐与に舌を出してみせる。

「かぐや姫は敵なしじゃ。公卿だろうが帝だろうが皆殺しじゃ」

「ほうほう、かぐや姫は強いのじゃな。佐与、読み聞かせておくれ」

帝に催促された佐与は絵巻を広げ、絵詞えことばを読みあげ始めた。


いまからさかのぼること、約百年前のこと。物語の神に楯突いたふたりの小娘がいた。

物語の神の役割は、人間を「正しい物語」のなかで動かすことである。

「正しい物語」では、男が中心に在らねばならない。だが小娘たちは一介の登場人物にすぎないにもかかわらず、自分が生きる物語は自分で作ると宣言した。それだけでなく、作った物語を流布するという、あるまじき暴挙に出たのである。

神はふたりをらしめるべく、今回、とある作家の世界へと送りこんだ。

紫式部。光源氏という太陽と、光源氏を囲む女人という星々の、物語を描く女人である。

太陽が中心にあるからこそ、星々は存在することができるのだ。このように「正しい物語」を伝えようとする女人は、神によって護られる。

物語中の登場人物にすぎない小娘どもよ、物語を変えられると思うのであれば、変えてみるがいい。どうあがいても、おまえたちは、神の動かす物語に戻ってくるしかないのだ。

物語の神は人間に姿を変えて下界に降り、ふたりが自滅する過程を見ることにした。

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子
河出書房新社
2021-11-02

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ“正しい物語”である」と。 そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、帝の后選びの場で勝気な姫ごうに出会う。自由を求め物語の神に反旗を翻した二人は、『源氏物語』から『平家...もっと読む

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