帝は言った、「自我を持たないことこそ女性の鑑」―『竹取物語』5

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ正しい物語である」と。そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、后選びの席で緊張のあまり歌を披露することができない。その一方、他の姫君たちは各々のやり方で帝に難題の答えを出し始める。彼女たちの思いを受け、帝は思わぬ返答をするのだった。河出書房新社から今秋発売予定、雀野日名子さんの痛快エンタメ小説を、いち早くお届け。

時刻が訪れ、帝の姿が御簾みすの向こうに現れる気配がした。

皇后と皇太后を両脇に座らせた帝は、姫君たちを見渡しているらしい。帝からは姫君たちの姿が見えるのだろうが、姫君たちからは、帝のおぼろげな輪郭しか見えない。

帝が侍従に、なにやら尋ねる。侍従は首を横に振り、なにやら答える。幼なじみである石作いしづくりの姫君がいない理由を尋ねられたらしい。父親の姿はあるが肝心の姫君はいない。結局、既に控えている四人の姫君だけできさき選びを進めることになった。

「まずは車持くらもちの姫君、帝の御前へ」

女房を従えた姫君は御簾の前へと進み出る。女房が琴の準備を終え、姫君が絃に指を置くと周囲の空気が張りつめた。何があろうと、自分が一族の血統を正しいものにしてみせる──その気迫は、庭の小鳥たちをも静まらせた。

姫君の奏でる「蓬莱山ほうらいさんの玉の枝」は、ある者の耳には金銀の風となって届き、ある者の心には天女の歌声となって響く。皇太后と皇后はすっかり感じ入り、「腕前も見事だが琴も素晴らしい。どのような由来の琴か?」と身を乗り出すようにして尋ねた。

御仏みほとけのもとに現れた、蓬莱山の天女からいただいた琴でございます。想い人への歌を奏でるために作られた琴ゆえ、弾き手の命が燃え尽きたとしても、決して灰になることはございません」

慎ましやかに語る姫君を、同伴の女房が誇らしげに見守る。

「まことに感心な姫君じゃ。二百日の寺籠もりに耐えたそなたに、御仏も褒美を与えずにはいられなかったのであろう。では、帝に捧げる和歌をお詠みなさい」

皇太后に促された姫君は、女房たちに筆と紙を用意させると、流れるような仮名でしたためて侍従に渡し、御簾の向こうに届けさせた。

〈いたづらに みはなしつとも たまのえを たおらでさらに まいらざらまし〉

(我が身が死んでしまっても、蓬莱山の玉の枝を手に入れないまま帝のもとをお訪ねすることなど、決してございませんでした)

姫君は品良く視線を落として、帝の返歌を待つ。やがて帝は「次の姫君を」と御簾ごしに言葉を発した。

車持の姫君は和歌を無視された理由が理解できず、御簾を食い入るように見る。だが侍従に「お退がりください」と言われ、従うしかなかった。琴と硯箱を片付けた女房たちは壁際に控える父親をちらりと見ると、顔をこわばらせて姫君のあとに続いた。

入れ替わりに進み出たのは、右大臣家の裕福な姫君である。車持家の女房とすれ違うとき、包み方が不十分な琴に視線を向けた姫君は息を呑んだ。あれは私の琴だ! 七色に輝く蒔絵まきえの鳳凰も、紫陽花の色を放つ螺鈿らでんも、見間違ったりするものか。なぜ、私の琴を持っているのじゃ⁉

「右大臣の姫君、帝の御前へ」

裕福な姫君は父親の助けを求め、壁際を見やる。だが琴の一件を知らない父親は、姫君のはしたない振る舞いを視線でたしなめるばかりだった。

付き添いの女房が琴を準備するが、御簾の前に座った姫君はそわそわするばかり。皇太后に琴の銘を尋ねられていることにも、女房に小声で言われるまで気がつかずにいた。

「蓬萊山の天女のものでございます……」

皇太后と皇后は「先の姫君と同じ琴とな? 世にふたつとないと聞くが」と不思議がり、「とにかく弾いてみられよ」と促した。姫君が爪弾つまびくと、皇后は「なんと緩んだ響きぞ」と失笑した。お付きの女官も失笑した。だが皇太后は「いや、これは本物ぞ」と唸った。

車持家の琴と右大臣家の琴の、いずれが本物か偽物かと、皇太后と皇后は討論を始める。女官や侍従たちも討論を始め、何が起きているのかと怪訝けげんそうに様子を見ていた右大臣の耳にも入ってきた。顔色を変えた右大臣は、転ばんばかりの勢いで御簾のそばに駆け寄ると両手両膝をつき、「なんたるお疑いでございましょうや! 帝にまがいものを献上したことなど一度でもございましたでしょうか?」と訴える。そして、車持皇子に震える指を突きつけた。

「血筋だけで足りず、琴まで本物と偽ろうとなさるか! 恥を知られよ!」

すると車持家の女房が御簾のそばへと駆け寄り、ひれ伏した。

「右大臣殿にたぶらかされてはなりませぬ、我が姫さまの琴こそ、御仏に誓って本物でございます!」

「こやつ、下賤の身でなんたる無礼!」

皇太后と皇后は帝の判断に委ねることにした。帝は侍従に命じて両者の琴を庭に並べさせると、火を付けさせた。決して燃えないはずの天女の琴は、両方ともまたたくまに火の粉をあげてぜ始めた。誰もが言葉を失うなか、帝は「次の姫君を」と言った。

指名された気弱な姫君は、同伴の女房に促され、御簾の前へと進む。顔を真っ赤にした右大臣と、表情の硬い車持家の女房は、すごすごと退がるしかなかった。

「さあ、帝に琴をお聞かせなさいませ」

気弱な姫君は震える指で爪弾き始めた。弾き間違えることのない単純な調子。屏風のなかから睨みつけてくる昇龍が、浮かんでは消える。逃れたい、いっそこのまま消えてしまいたいと、そればかり考えながら絃を弾いているうちに、手が止まっていた。

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子
河出書房新社
2021-11-02

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ“正しい物語”である」と。 そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、帝の后選びの場で勝気な姫ごうに出会う。自由を求め物語の神に反旗を翻した二人は、『源氏物語』から『平家...もっと読む

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