聞く」とは「共感できなくても理解はできる」と信じ続けること

仕事でインタビューをし、大学や企業でインタビューの講義をすることもある作家の土門蘭さん。「聞く」とは技術ではなく、姿勢の問題だといいます。でも、相手の話がおもしろいと思えないとき、なかなか興味を持って聞き続けるのはむずかしいもの。そんな時、自分の外側に出かける準備が必要なのだと土門さんは言います。

サクちゃんへ

こんにちは。

毎日暑い日が続いていますね。
夏生まれのくせに暑いのがすごく苦手なので、ほぼ家の中で過ごしています。今週の平日は、月曜から木曜までずっと家で仕事をしていました。金曜になってようやく外で人と会う約束があり、家からノロノロ出ていくという。座りっぱなしだったのでずっと腰が痛かったのですが、自転車に乗ったら治りました。家でヨガはしているんだけど、やっぱり動いたり歩いたりするのって大事ですね。

それに、人と外で会うっていうのも本当に大事だなと。おしゃれや化粧をしたり、立居振る舞いに気をつけたり、道を譲ったり譲られたり。なんてことないことなのだけど、人の目に触れ、人とやりとりをすることって、自分の心や体に欠かせない刺激なのだなと思いました。その刺激もまた、腰痛に効いたのかもしれない。凝り固まった心や体を優しくほぐすというか。

ー・-・-

さて、前回のサクちゃんの日記もとても興味深かったです。「聞く」ということの大切さ。
「自分のできることを使って誰かの力になれたらいいな」と考え、雑談屋さんを始めたというエピソードは、何度聞いても素敵だなと思います。

私もインタビューの仕事で「聞く」ことをしていますが、私の場合、始まりは完全に自分のためでした。人の話を聞くのが、もともと好きなのです。質問の角度を変えればどんどん掘り進められるところとか、それによって話している本人も驚くときとか。その人固有のストーリーが立ち現れたとき、わたしはとても興奮します。

「書く」こともそうですが、長い間わたしは自分が好きでやっていることが「誰かの力になる」とは思ってもみませんでした。自分が満足できればそれでよかった、と言えばなんだかかっこいいですが、自信がなかったのもあると思います。

でも「聞く」や「書く」を続けるうち、感想やリアクションをもらえるようになり、ある日ふと「あれっ、自分のやっていることは誰かの役に立っているのでは?」と気づきました。自分のためにやっていたことが、いつの間にか社会貢献になっている。そう気づいた時は、本当に嬉しかったです。わたしはわたしらしいままでここにいてもいいのかもしれないな、と思いました。

今でもやっぱりわたしはわたしのために「聞く」や「書く」をやっています。時々行き詰まってしまうのですが、そういう時は「これは誰のためになっているんだっけ?」と思うようにしています。

自分軸と他人軸を行ったり来たりすることで、「聞く」や「書く」に程よい刺激を与え続けることができる。凝り固まってしまいそうな時には、軸を変えてみるといいのかもしれないですね。人の中で生きるって、そういうことなのかもしれません。

ー・-・-

「ほんとうに聞くことのできる人は、めったにいないものです」
サクちゃんが挙げていた『モモ』の一説、とても響きました。

「聞く」って、なかなかできないことですよね。わたしも仕事以外ではできないことの方が多いです。でも、難しいことではないように思います。わたしが考えるに、「聞く」とは技術ではなく、姿勢の問題だからです。

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サクちゃん蘭ちゃんのそもそも交換日記

土門蘭 /桜林直子

東京でクッキー屋さんをしている「桜林直子(サクちゃん)」と、京都で小説家として文章を書く「土門蘭(蘭ちゃん)」は、生活も仕事も違うふたりの女性。この連載は、そんなふたりの交換日記です。ふたりが気が合うのは、彼女たちに世界の「そもそも」...もっと読む

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2akapsn4 『わたしがずっと言い続けているのは「『共感できなくても理解はできる』と信じ続けることだ」ということです』 約1ヶ月前 replyretweetfavorite