家事をやめる

家事の分担」が家事地獄を生む理由とは

掃除して洗濯して料理して皿洗って……生活に面倒な家事は付き物。のはずが、「ノー家事」生活を謳歌する人がいます。連載「買わない生活」が話題の稲垣えみ子さんです。あるきっかけから人生で初めて、面倒な家事を一切しなくとも清潔で快適、この上なく気持ちの良い暮らしを手に入れ、今や毎日が楽しくて仕方ないとか。圧倒的ローコスト、ローエネルギー、ローウェイストで幸福度が確実にアップする「ノー家事」生活の全貌とは。

出番の少なくなった帯で眼鏡入れ作り。こんなことも立派なそして楽しい家事であります

これまで2回にわたり、家事をやめるための必須要件として、「便利をやめる」(連載3回)「可能性を求めない」(連載4回)という、現代日本の常識に真っ向から反旗を翻す実に挑戦的な提案をしてきたわけだが、今回はいよいよ、そのトドメとも言える最後の原則を発表させていただく。

それは「家事の分担をやめましょう」ということだ。

はい。これも「え?」と思われること間違いなしでありましょう。

分担。家事効率化の常識ですよね。というより、もはや「前提」といったほうがいいかもしれない。例えば洗濯をするとき、お父さんとお母さんと子供の3人家族だとして、その中の誰かが3人分の洗濯をするのが現代では当たり前である。問題になるとすれば「誰が」という部分であって、「誰かが」やることそのものに疑問が挟まれることなどまずないだろう。そりゃそうだ。物事を効率的にやろうと思えば「まとめて一気にやること」である。靴下や下着やTシャツを一つずつちまちま洗う人なんて、よほどのコダワリの洗濯マニアかなにかであろう。全員分の洗濯物をまとめて一気に洗濯機に放り込む方が、どう考えても普通だ。

で、私はそこにまさかにダメ出しをしようというのであります。

各々が手で洗うのが合理的

お父さんも、お母さんも、子供も、自分のものはそれぞれ自分でちまちま洗おうと言いたいのだ。しかも「便利をやめる」の原則に沿うならば、できれば洗濯機でなく手で洗おうと主張したい。念のため釘を刺しておくと、これは何かの修行でも根性論でも道徳論でもなく、その方が圧倒的に家事がラクになりますヨという親切なご提案である。極めて合理的な選択肢として、このことを強くお勧めしたいのだ。

無論、なんで? ということになろうと思いますので、以下、ちゃんと説明させていただきます。

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家事をやめる

稲垣えみ子

我が人生から、家事が、消えた。50年近くずっと格闘してきた家事が、気づけば、消えていた。 それなのに、家の中は整っていて、気分は晴れやか。しかも圧倒的ローコスト、ローエネルギー、ローウェイストという夢のような事態。そんなノー家事生...もっと読む

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コメント

yuzukaO_o 「我が親の世代が子供の頃は、自分の汚れものは風呂に入るついでに風呂の湯で洗うのが普通だったそうだ。」 2ヶ月前 replyretweetfavorite

ararenchi 自分で洗おう自分の皿 自分で洗おう自分のパンツ 2ヶ月前 replyretweetfavorite