「祖父が倒れたみたいで、ちょっと今から病院に行ってくるね」
「え! そうなんですか! 私はどうしたら……?」
「とりあえず待ってて。また連絡する」
「わかりました」
状況がよく分からないまま、彼は足早に病院へ向かった。
きっとすぐ帰ってくるだろう。そう思い食事の後片付けをしてパジャマに着替えて待つことにした。眠い……。0時を過ぎたがまったく連絡がない。パートナーのお祖父様が大変なときに、眠っているなんてそんな無礼なことはない。しかし眠い……。2時を回ろうとしたときにやっと1通のLINEが来た。
「遅くなりそうだから先に寝てて」
なんと……まだ帰ってこないのか。寝ててと言われても、本日同棲を始めたばかりなのにそんな失礼なことをできるはずがない。こんな人だったのかと幻滅させるようなことが初日からあってはならない。結婚までの最短距離を進みたいのに……。
「ただいま」
ハッとして気がつくと、私は布団の上に横たわっていた。しまった、寝てしまっていた。時刻を確認すると朝の4時。
「ごめんなさい、寝てしまってました」
「寝ててよかったのに」
「どうでしたか?」
「心筋梗塞だって。しばらく入院することになるけど命に別状はないって」
「そうでしたかー」
それ以上言葉が見つからない。「よかったですね」なんて心筋梗塞になったというのによかった訳がないし、「大事に至らなくて」なんて縁起の悪いことを口にするものじゃない。こんなとき、なんと声をかけたらいいのだろうか。学校でこういうときの対処法を教えてくれなかったじゃないか。完全に勉強不足でパニックだ。こんなときのとっさのひとことをなんで調べておかなかったんだと後悔しつつ、とにかくもう寝よう、ということになり長い一日が終わった。
次の日は二人で家具を買いに行く予定にしていた。
「病院へ行かなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫。昨日家族と話し合って、今日は俺は行かなくていいことになったから」
まだ会ったことのない彼の両親も、私達が同棲を始めるということで気を遣ってくれているようだった。
彼は車を所有していないので、最寄りのタイムズでレンタカーを借り、神奈川県の港北エリアのインテリアショップへ向かった。
必要なものはソファ、ラグ、衣装ケース、ダイニングテーブルとチェア、それからキッチンアイテムやトイレタリー周辺の雑貨までほぼすべてだ。
予算感が大きく異なることはなく、最初だから、となるべく安いもので揃えた。正直なところ、家具や家電にはこだわりがまったくないので、勝手に決めていただいていいくらいだが、一緒に住む家に対して非協力的だと思われてはいけないので、適切な相づちや適度な提案は忘れないよう心がけた。
「このソファどう思う?」
「うん、大きさも硬さも丁度いいですね。グレーの色味も落ち着いてて素敵だと思います」
と言いながら、心の中の「本当になんでもいいんだけどな」という声は決して顔に出ないように気を遣った。
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