​兄哥と呼ばれる男になりたい/どえらいところで道聞いて

【第23話】古典作品をボーイズラブ化した大好評シリーズ『BL古典セレクション』待望の新連載!「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』を、作家・町田康が自身初のBL作品として、圧倒的な鮮やかさをもって現代に蘇らせる。月一回更新。

 藤川の人足頭・片権のところで仁義の切り様がわからないからというので馬鹿にしられ、こんなんじゃ上方に行ったところで男になれない。

 まずはどっか東海道のいい親分のところで腰を落ち着けて修業をして男を磨いて、どこどこの兄哥、と人に言われる、兄哥株になった方がいい目を見られるのじゃないか。

 短気なように見えて実は随分と周到なところがある次郎長がそう言うと、「それもそうだ」と庵原の広吉、江尻の大熊もこれに同調、三人で、どっかにいい親分はいねぇものか、と東海道を西へ岡崎を過ぎた辺りで、街道沿いの茶屋に腰掛けた。

 時は六月。もはや夏である。三人は一本の手拭いで代わる代わるに汗を拭い、

「いらっしゃまし」

 と言いながら親父が運んできた茶で咽をうるおした。

「あー、生き返るような心地がするぜ。ところで次郎、このあたりにはいい親分がいるのかなあ」

「知らん。あの親父に聞いてみよう。茶店で聞けばだいたいのことはわかるものだ」

「そんなもんか」

「そんなもんだよ。おい親父」

「へい、なんでございましょう。なにを差し上げましょう」

「註文じゃねぇんだよ。この辺りにいい親分はいるかい」

「いいとはどういう事でございましょうか」

「喧嘩が強い親分はいるかってんだよ」

「あー、喧嘩でございますか。それでしたら吉良の武一っつあんに敵う人はありません」

「ほー、そんな強い」

「そりゃ、もう強いがうえに強うございます」

「どういう人なんだい、その武一って人は」

「なんでも元は備前岡山のお侍で、小川様と仰るのだそうでございます。背ぃが高くって、度胸があって、お侍ですから剣術もおできで、門弟が何十人もいらっしゃいます。顔が男前で、近所の娘が頼みもしないのに来て台所を手伝ったりしてます」

 それを聞いて次郎長が言った。

「強くて、顔もいい。いいじゃねぇか。そこ行ってみようじゃねぇか」

 そう言われて大熊も広吉も反対する理由がない。

「じゃ、そうしよう」

 と言うので、東海道を南にそれて吉良へ向かった。途中、西尾というところまで行くと茶屋があった。念の為、また入って店の親爺に、

「吉良の武一、って人は強いかい」

 と問うと、

「強いですよ」

 と云う答え、

「じゃ、この三河という国で一番、強いんだな」

 と、次郎長が念を押すと親爺、

「もっと強いのがない訳じゃ、ありません」

 と意外なことを言った。

「うーん。そうかい。こりゃ、迷うな」

 と三人顔を見合わせたのは、一番、強い奴のところに行かないと男を磨くこともできなきゃ、名を売ることもできないからである。そこで大熊が、

「そりゃ、なんて野郎なんだい」

 と問うと茶店の親爺、街道を出ると向こうを指さして、

「あそこに一本松が見えるでしょう」

「うんうん、見える見える」

「あの辺りを矢田と申します。あそこから二十町ばかし行った所が寺津、その寺津に六角山という相撲上がりのやくざがあって、子が一人ある。これが江戸へ行って江戸相撲に入門して今天狗という醜名をもらって幕下まで出世をした。その今天狗が最近、帰ってきて、こいつも矢っ張りやくざになったが、これが強い。強いが強い。勇武絶倫、てぇんですかね。なにしろ乾分が何百人とあって、ここらのやくざでこの今天狗に敵う者はありません。その小川の武一っつあんだって、今天狗の兄弟分になってるくらいですから」

「あー、そうかい。ますます迷うな」

「ナーニ、迷うこたあごぜえやせんよ」

「なんででぇ、同ンじくれえ強いんだろ」

「喧嘩に強いのはそうでございますが、武一さんは名うての大酒飲み、一時に三、四升はペロッと飲んじまう。飲むだけならいいが酒を飲んだら虎狼、酒癖が悪くて、なまじ強いから暴れ出すと手が付けらんない」

「あー、そーか、そらまずいな。よし、じゃあ、今天狗ンとこに草鞋を脱ぐことにしよう」

 と庵原の広吉が言うのを制して次郎長、

「いやー、おらあ武一の方がいいと思う」

 と言った。

「なに言いやがる、手が付けられない酒飲みだっつうじゃねぇか。よそうぜ」

「そらそうかも知れないよ。けど考えてもみねぇ、俺たちは世の中の決まりや掟から外れてお上に逆らい、親兄弟に背いて生きるやくざ者《もん》だよ。その俺たちが堅気の人と同じように、酒を飲んじゃいけねぇ、なんて当たり前のこと言っててどうすんだよ。な。尋常《なみ》じゃねぇ世界で男になろうと思うんなら、やっぱり尋常《なみ》じゃつまらねぇ。俺は武一のところにいくよ」

 と、次郎長がやけにきっぱり言うのを聞いて広吉は大熊に小声で言った。

「おい、次郎長はあんなことを言うぜ。どうする。武一のところへ行くか」

「ははは。ちげぇよ」

 と大熊は笑って言った。

「なにが違うんだ」

「次郎はあんな理屈を言うがな本心は違うってんだよ」

「本心はなんだよ」

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BL古典セレクション 東海遊侠伝 次郎長一代記

町田康

古典作品をボーイズラブ化した大好評シリーズ『BL古典セレクション』待望の新連載!「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』を、作家・町田康が自身初のBL作品として...もっと読む

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