吉祥寺通り沿い。1971年開店
蕎麦、うどん、中華麺。毎日手打ちの人気店
蕎麦屋に入ったら、まずメニューに迷いたい。壁には品書きがいっぱいで、文字を追うだけで生唾が湧いてくるような。できれば家族経営で。盛りつけは多く、決して「え、これぽっちの盛りでこの値段?」と声にならないツッコミを入れなくてもすむ、気取っていない店。蕎麦もうどんも出す、街の蕎麦屋が好きだ。けれどもどちらかの味が落ちるのは困る。両方おいしくあってほしい。そうそう、そばつゆの”かえし”を使ったカツ丼もちょこっと食べたい。
そんな夢をすべて叶えてくれるのが、吉祥寺駅から徒歩15分の更科(さらしな)だ。創業50年。いつ行っても、地元の常連客でいっぱいの知る人ぞ知る人気店である。満席でも、回転は早い。
坂春義さん(78歳)と八千代さん(74歳)、次男の妻チェリさん(41歳)で切り盛りしている。
おかみさんの八千代さんも調理場に立つ。その手早いことといったら!
「ミニカツ丼セットって、どれくらいの大きさですか?」と、八千代さんに聞くと、近くに座っていた常連客らしい男性が、先に答えた。メロンくらいの輪っかを両手で作ってみせ、「これくらいあるよ」。
「そんなに大きかないわよー」
八千代さんが明るく笑い飛ばす。フィリピン人のチェリさんが、台を拭きながら大きな声で「アッハッハ」と笑う。つられて客も笑う。こんな朗らかな人達が作るものがまずいはずがないのだ。
ミニカツ丼セット。これで1050円は嬉しい
結局、常連客のほうが正しかった。
ミニカツ丼セットは、全然ミニじゃないボリュームたっぷりのカツ丼と、 油揚げ・豆腐・わかめ・ねぎを信州味噌でまとめた具だくさん味噌汁、白菜とたくあんの漬物、蕎麦かうどん。私は後者を選んだ。
カツ丼はしょっぱすぎず、でもちゃんと味が濃い。”かえし”とは蕎麦つゆの素(もと)のようなもの。更科では、創業時から万上みりんとヒゲタ醤油、白ざらめを合わせているという。醤油が勝ちすぎていない絶妙な甘辛さで、米の奥までしみてそれだけでもうまい。カツ丼の実力は、たれがしみた米に出るなあと最近実感する。
蕎麦は細麺で、端正な味わい。名物の吉祥寺辣油入りつゆのような個性的なたれとも相性がいい。
手打ちの蕎麦。角のあるしゃっきりした歯ごたえ
八千代さんが言う。
「カツ丼セットでうどんを選ぶときは、お腹が膨れちゃうから細麺がおすすめよ」
「ってことは、太麺もあるんですか?」
「あるわよ。うどんも蕎麦も、夏は冷やし中華の中華麺も、お父さんが毎日、打っているから」
「えーっ。だったらメニューに“手打ち”って書いたほうがいいですよー」
「そういうもんかしらねえ。うちは昔からこうだしねえ……」
もり蕎麦、ざるうどんにはうずらの生卵が添えられているのもちょっといい。途中でつゆに落として味変を楽しめる。
冷しスタミナうどん。1200円
漬物は八千代さんの手作り。この日の白菜の浅漬はピリリと唐辛子がきいて、単品で追加したいくらいだった(メニューにはない)。
インスタ映えしそうな派手な何かはないけれど、うどんも蕎麦もカツ丼もきっちりおいしい。メニュー豊富で、麺も手を抜いていない安くてまっとうな街の蕎麦屋さん。こういう店が絶滅危惧種になってしまった。
突然、主が天に召されて
定食も期待をはるかに上回る。アジフライ、野菜炒め、生姜焼き、さば味噌煮、唐揚げ、すき焼き、ヒレカツ、ミックスフライの8種。なかでもアジフライ定食がおすすめだ。身が厚くて柔らかなアジフライが2尾どーん。山盛りのキャベツ、味噌汁、漬物がついて800円。レモンをギュッと絞っていただく。
大きな絶品アジフライは単品で560円。定食にもできる
6年前に考案した、イベリコ豚入りラー油蕎麦は若者に人気らしい。隣の四川料理マツヒロのオリジナル、吉祥寺辣油をつけ汁に使っている。山椒や花椒の香りがイベリコ豚を引き立て、コクのあるつゆに。これが更科の蕎麦にじつによく合う。考えたのは、当時店主だった次男の竜治さんだ。
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