描くひと】近藤亜樹 生の歓びを描く

さきごろ初の作品集『ここにあるしあわせ』を刊行したアーティスト近藤亜樹さん。
彼女の絵を前にすると、誰しも思います。こんなに明るい画面が、かつてあっただろうかと。 とことん生を肯定する近藤さんの絵画の秘密を、覗かせてもらいましょう。


人はなぜ絵を描くのか。

いまどき記録や記念、備忘ならいつでもスマホがしてくれる。大好きな人の姿や楽しい瞬間、すてきな光景は各自メモリーに溜め放題だ。
そんな時代にも人は、手間暇かけて絵を描いたり眺めたりをやめない。いったいなぜ?

こたえは、近藤亜樹の人と作品が教えてくれる。
描くこと、そしてそれを見ること自体が歓びだからだ。



近藤亜樹《明日の虹》 《ふるさと》 《白い香り》 ©Aki Kondo, courtesy of ShugoArts

眼に映るもの・眼に見えないもの双方にかたちを与えていく、それによって世界を肯定したいからだ。

筆を握ると血が騒ぐ

近藤亜樹は二〇一〇年代初頭から、絵画を発表するようになった。以来、たゆまず描き続けている。
札幌で生まれ、幼少のころから描くことが好きだったので、長じて東北芸術工科大学へ進学。大学院在学中に東日本大震災を経験し、卒業後は震災をテーマにした絵画を多く描いてきた。
二〇一五年には、実写と絵画アニメーションを融合させた短編映画『HIKARI』を発表。新しい表現形態をつくり上げた。

作品を生み出すペースは、いつも驚異的だ。一枚ずつに込める熱量も、半端じゃない。ひと筆ずつに意思と感情がしっかり乗っていて、全精力が描くことに傾けられていると知れる。


短編映画『HIKARI』

「描くことは日常であり、生きることそのもの」

本人はそう言う。

「息を吸って吐くとか、植物が光合成して二酸化炭素を酸素に変換し続けているみたいに、私にとってはごく当たり前の日常として描くという営みがあります。
描いているときのことは、ほぼ何も覚えていません。頭で考えるというより、何かを感じながら身体を動かしている」

描きたいものも、絶えず頭に浮かんでくる。

「目に見えている外の世界をそのまま模写するわけじゃない。もっと、事物の根っこのほうにあるイメージを探り当てようとしています。
たとえばそこに花が咲いていてきれいだなと思ったら、花弁を描くのではなくて植物が生まれ出てきた種子のことに思いを馳せる。さらにはその種子を発芽させる力となったであろう土壌に目が向き、結果的にはその土だけを絵に描くことになったりする。描こうとするものはいつもそうした根源にある何かです」


近藤亜樹《円を描く花》 ©Aki Kondo, courtesy of ShugoArts

「ひとつの絵を描くと自分の中が空っぽになる感覚はあります。そうなったらいったん栄養というか、絵の素になるものを取り込む期間が必要。でもすこし時間が経てば、ちゃんとまた自分の中にどんどん力が溜まってきます。

自分の中に描きたいものが満ちてくると、もうそれを吐き出さずにはいられなくなる。前に英国で滞在制作していたときには、カフェにいるときそうした状態になって居ても立っても居られず、隣に座っているおじさんが読んでいた新聞を譲り受けてそこに描いたことも。
自分の家にいて描く気持ちが満ち満ちたのに、たまたまキャンバスが手元に一枚もなかったときは、家じゅうのふすまを外してそこに描きました」


「あの⽇を待つ 明⽇を待つ 今⽇」(シュウゴアーツ)展示風景 ©Aki Kondo, courtesy of ShugoArts

だれもがものを食べて活力源としているように、近藤は描くことを自身の源にしている様子。では、ある一枚を描き始める動機はどう生じるのか。近藤亜樹の「ひと筆め」はどこからやってくるのか。

「どうなんでしょう、はっきりとはわからない。描いているときは言葉のない世界にいて、自分が過去に属しているのか未来へ飛んで行っているのかもわからなくなる。
筆を握り絵を描くとき、感情のバロメーターがぐっと振り切れる。身体の中の血が騒ぎ、ほとばしるような鮮烈な体験をキャンバスに刻まずにはいられなくなる。
これはたしかなことなので、筆を握ることがはじまりの合図になっているかもしれない」

描くことは生きること

ホモ・サピエンス=賢い人。ホモ・ルーデンス=遊ぶ人。ホモ・ファーベル=つくる人。
ヒトを指し示すための定義としては、これまでいろんな言葉が提唱されてきた。どれも一理あるけれど、近藤亜樹のあゆみを見ていると、人は本来的に表現せずにはいられない生きものなのではと思えてくる。

人類全般に敷衍できるとは言い切れぬまでも、すくなくとも彼女に限ってはまちがいなく「表す人」と定義ができそう。

そう、どんなときも彼女の創作の手が止まることはないのだ。


「あの⽇を待つ 明⽇を待つ 今⽇」(シュウゴアーツ)展示風景 ©Aki Kondo, courtesy of ShugoArts

たとえば二〇一八年九月、近藤亜樹はシュウゴアーツで個展「あの日を待つ 明日を待つ 今日」を開いた。花、花瓶、食卓、大きい人や小さい人の肖像。相変わらずの力感溢れる強烈なイメージの数々が会場を埋めていた。

「過去と未来の記憶が今と混ざって」現れたという作品群。これらを描いたときの近藤の環境は苛烈だった。

「妊娠中の大きく膨らんだお腹を抱えながら地べたに座って描きました。お腹の中に人間が入っているので、肉体的にも体力的にも違うので長時間は描けませんが、感情は激しく動いていましたし、いつもより描ける量が少ないので一枚ずつが大きく重く感じました」

そう、当時の彼女は自分自身の中に生命を宿していた。その年に入ってすぐ結婚し、妊娠していることがわかったのだ。

身に起きたのは、それだけではなかった。入籍の二週間後、最愛の夫が単身向かったインドで突然死に襲われた。

そんな中で筆を持つことの心境を、個展に際して彼女はこう語っていた。


近藤亜樹《母の顔》 ©Aki Kondo, courtesy of ShugoArts

「二つの命の重さの意味を感じずにはいられませんし、また自分の生死についても深刻に考えました。世界が180度かわり、正直どこに希望を持っていけばいいのかわからない悲しみに毎日泣いて過ごしましたが、数ヶ月経って微かに感じはじめた胎動に生きる勇気をもらいました。

そして生まれてくること、生まれてきたこと、生まれてきたからこそ見ることのできた世界全てがあるから今があると実感します。

夫を亡くしたあとしばらくは、自分も生きているのか死んでいるのかわからないような状態に陥っていました。それなのに、自分が抱きかかえている赤ん坊は『生のかたまり』そのものでした。そんな時間を過ごしているうち、生と死についての見方が自分の中で大きく変わりました。

私にとって生きることと描くことは直接つながっていますから、絵にももちろん影響が出ます。


「あの⽇を待つ 明⽇を待つ 今⽇」(シュウゴアーツ)展示風景 ©Aki Kondo, courtesy of ShugoArts

十月十日、人間を胎内で育てること。愛するひととの出会い。いつかは訪れる死。命がけで母が子を産み落とすこと。そして生まれてきた世界で体験する沢山の奇跡。全てが私の今なんです。今を生きることがどういうことか考えた時、やっぱり私にとって今を記憶する絵が、私個人としての一番リアルなものだった。想像も現実もそれぞれの重さを持っているんだと思います。

だから赤ん坊の産声のように、空に響き渡るような声で絵を描きたい、今思うのはただそれだけです。

描くことって、死んでしまったらできないですよね、この世では。心がぐにゃっと掴まれるくらいグッとくる絵に出会いたい。毎日そう思って描いています」

これほど明るくまばゆい画面と本がかつてあったか

このところは近藤亜樹の絵が、ますます明るくまばゆいものになっている気がしてならない。
二〇一九~二〇年にかけて描かれた作品群は、初の作品集『ここにあるしあわせ』としてまとめられた。

パンケーキにリンゴ、コップやオモチャ。母子の肖像、そしていろんな種類の花。いつも目の前に当たり前にあるものが、一つひとつすこぶる明るく描かれる。そして驚くほどの存在感を放つ。そのものがそこにあると確認できただけで、これほど満たされた気分になるなんて。書名の通りの「ここにあるしあわせ」が、まさにここにある。


「ここにあるしあわせ」(シュウゴアーツ)展示風景 ©Aki Kondo, courtesy of ShugoArts

このシリーズは、自分の記憶をたどりながら描いた絵が多いという。

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美をさがすのが人生で唯一の目的である

山内宏泰

美術、写真、文学、建築などのテーマについて作家活動を続けるアートコンシェルジュの山内宏泰さん。テーマの根幹にあるのは、「美しさ」でした。美しさとは果たしていかなるものなのでしょうか。毎回、各界でこれぞという人に話を訊きながら、「美しさ...もっと読む

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コメント

reading_photo 近藤亜樹をめぐるcakes記事、いろいろお目通しいただいて多謝なかぎり。 何より誌面(画面)が美しくって、近藤作品の鮮烈さがくっきり。 cakes誌面のアートディレクションは、鈴木せり!@seri258  https://t.co/3zXHLwm7LT 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

NADiff_apart 山内宏泰さんのcakesでのインタビュー記事も昨日公開されております🎤 【 描くひと】近藤亜樹 生の歓びを描く https://t.co/JikkeOht1u 約1ヶ月前 replyretweetfavorite