​卒業アルバムは変わらない「私」を手繰り寄せるための糸

突然の離婚により、娘ふたりを育てることになった女装が趣味の小説家。「シングルファーザー」になってみると、彼にはこれまで想像もしなかったことが待ち受けていた……。今回は、近所のママ友が実は小学校の同窓生だったことがわかり、卒業アルバムを久しぶりに見た仙田さんが、子どもの頃の自分といまの自分との連続性について考えます。

小学生のとき隣のクラスやったやんか


小学6年生の頃の仙田さん

子育てをしていると、子どもの頃の自分に再会することがある。

たとえば子どもたちと散歩をしていて、
—この川でパパは子どもの頃にザリガニ釣りをしたんやで。
—橋の下を秘密基地にしててな。この石の堤防を滑り台にして遊んでたらズボンに穴が開いてん。
—この公園の滑り台の下によく捨て猫がいたわ。何回も飼いたくて家に連れて帰ったんやけど、あかんって言われて戻しにきたんよ。

などと話していると、当時の記憶が鮮明に蘇り、子どもの頃に戻ってそこに立っているかのような錯覚に襲われる。
そして私も子どものひとりになって、私の子どもたちと一緒に歩いているような気がするのだ。
子育てをしているとさまざまなときに、そのような感覚に陥ることがある。

つい先日も、私は新たな形で子どもの頃の自分に再会した。
その日はとても晴れていて、私は子どもたちと一緒に自転車で30分ほどかけて少し遠くの公園に出かけた。
大きな池があり、遊具が少しある他には広い原っぱや林や川が大部分を占めている公園で、私は子どもの頃によく遊びに来ていた。
子どもたちも、保育園の遠足で何度も訪れている。

遊具で遊ぶ子どもたちとお喋りをしたり、写真を撮ったりしていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
プラスチックの刀を振り回しながら現れたのは、近所に住む男の子だった。
保育園年中組の子で、普段から小学生のお兄ちゃんと一緒に公園で走り回ったり、ストライダーを乗り回したりしていて、私の家にもよく遊びに来る。

子どもたちは3人で遊びだしたので、男の子を連れてきたお母さんと私は立ち話をすることにした。
4月から始まった小学校のこと、子どもの成長に関して不安に思うこと、最近子どもを連れて行ったら喜んだ遊び場のことなど、とりとめのない話をするうちに、お母さんはこんなことを言いだした。

—学くん、小学校のとき隣のクラスやったやんか、だから……。

実は同窓生だったママ友


卒業アルバムに掲載されていた仙田さんの作文

え、ちょっと待って! と私は遮った。
衝撃的すぎて頭がついていけない……彼女とは、京都に引っ越した3年前からのつきあいで、子どもたちはしょっちゅう一緒に遊んでいるし、家族ぐるみでホタルを見に行ったり、たこ焼きパーティをしたり、川遊びに行ったりして、そこそこ話もしてきた。

「子どもの友達のお母さん」という、いわば子どもの世界の登場人物が、いきなり私の世界の登場人物になったかのような衝撃を感じた。
映画プリキュアで、別の世代のプリキュアたちが同じ時間軸にいるのを見ているときのような、不思議な感動があった。

ミユキちゃん(仮名・男の子のお母さん)はさらに、次女と同じクラスの女の子のお母さんと、私のかかりつけ医の先生も同じ学年だったと続けた。
女の子のお母さんとも3年前からよく話してきたし、かかりつけ医の先生のところにも毎月のように通っている。
だが、ふたりの旧姓を聞いても全く思いだせない。
他にも小学生の頃に一緒だった人たちの話をいろいろ聞いたが、顔を思い浮かべることもできなかった。

私が小学生だった80年代半ば頃には、ひとクラスの人数が30~40人で1学年7クラスあり、全校生徒数は1600人ほどだった。
その小学校はいまひとクラス20人で1学年ひとクラスだけなので、40年ほどのあいだに子どもの数は10分の1以下に減ってしまったことがわかる。

それほど子どもの多かった時代だが、中学受験をする子どもたちはまだ珍しく、私のように私立中学校に進学した生徒は同じ学年に数人しかいなかったらしい。
京都から奈良の中学に通い、大学時代は大阪、大学院からは東京で暮らしてきた私にとって、小学生時代の人間関係はいちど断ち切られて、記憶の底に沈んだままになっていたものだった。

だがミユキちゃんのように、地元の中学校に進学して高校、大学と京都で過ごして地元で結婚した人にとっては、小学生時代の人間関係はいまの生活と地続きで、自分を構成している大切な一部となっているだろう。
私にとっては逆に、小学生の頃の自分はいまの自分とは切り離されているようで、「あの頃の学くんは本が好きでいつも読んでたよ」と言われても実感がわかない。

卒業アルバムから蘇る子どもの頃の記憶

そこで、実家にあった幼稚園の卒園アルバムと小学校の卒業アルバムを確認してみることにした。
私が幼稚園を卒園したのは81年で、卒園アルバムは白黒だった。
やはり園児の数は多く、20人ほどのクラスが3つもあった。
私の子どもたちの通っていた保育園はひとクラス17人だけだったので、やはり子どもの数が多い。
そして、私とミユキちゃんは同じクラスだった。

小学校の卒業アルバムは87年のもので、6年生の集合写真を見ると300人近くいて圧巻だったが、自分の姿を探すのがめんどうくさくなり諦めた。
クラスごとの集合写真には、まぶしそうに目を細めた私が写っていた。
一緒に写っている子どもたちの顔や名前には見覚えのあるものも幾つかあり、眺めていると断片的な記憶が蘇ってきて戸惑った。

放課後に自転車で友達の家に遊びに行き、一緒にマンガを読んだり、近所の商店街のガチャガチャで「キン消し」(マンガ「キン肉マン」のキャラの形をした消しゴムで、当時とても流行っていた)を集めたりしたこと。
部活は「野外散歩部」という超地味なところに入り、野山を散歩して植物採集をしていたこと。
高学年から同じクラスになり、席が隣どうしになったこともあるサナエちゃんのことが好きだったこと。
サナエちゃんによく消しゴムや下敷きを取られて泣いていたこと……。

ページをめくるたびに、細かい思い出が断片的に浮かんでくる。
そして、別のクラスだったが、ミユキちゃんと、次女のクラスメイトのお母さん、かかりつけ医の先生の姿も確認できた。
皆それぞれ面影があるが、当時の姿はやはり思いだせない。
ミユキちゃんに至っては10年間にもわたって同じ幼稚園と小学校にいたのに、とせつなくなるが、男の子とで遊ぶグループが違ったのだろう。

それはともかく、かつての同窓生が身近に3人もいて、その子どもたちどうしが仲良く遊んでいる、という事実が改めて貴重なことに思えた。

変わらないものを手繰り寄せる糸のような作文

卒業アルバムの巻末には生徒たち全員の書いた作文があった。
「思い出」というテーマでそれぞれが6年間のあいだで印象に残ったことを書いていて、私は「小学校の思い出」と題してこんな文章を寄せていた。

「ぼくは、六年間もこの〇〇小学校ですごしてきました。
だから卒業のことを考えると、何かが変わるような気持ちになってきます。もう中学生になったらこの教室で生活することができなくなるし、通学路も変わります。
去年卒業した人達が卒業式の時に何人か泣いているのを見て、悲しそうだなあと思っていました。
でも、ぼくは、今まで六年間の思い出をしっかり心にしまっておいて卒業したいです。

その中で一番よかった思い出は修学旅行です。遠足やフェスティバルやマラソン大会などがいろいろありましたが、修学旅行が一番よかったと思います。特に、わしゅう山から見た景色はすごくきれいでした。絵はがきを見ているようでした。きれいで大きな海がせまってくるように見え、小さな島がたくさん散らばっていました。そして、遠くのほうがぼんやりかすんで見えました。大都市では見られない自然がよくわかりました。ぼくが住んでいるところから海まではものすごく遠く、人がたくさんいて、ごみだらけです。(こんなところに住んでみたいなあ)と思いました。

このような体験を小学校でいろいろしたことがあるのでそれらをいい思い出にして、卒業しても、いろいろなことのはげみにしたいです」

小学生の自分と対話をするようにじっくり読んでみて、その文章から読み取れる思考回路がいまとほとんど変わっていないことに驚いた。
とりわけ、海の描写の「絵はがきを見ているようでした。きれいで大きな海がせまってくるように見え、小さな島がたくさん散らばっていました。そして、遠くのほうがぼんやりかすんで見えました」というくだりは、私の書いている小説の文体にそっくりだ。

たとえば「愛と愛と愛」(「文藝」2016年秋季号掲載)の次の一節と並べてみても違和感がない。

—海辺に辿り着くと、砂浜と海の境もわからないほどの、一面の暗がりが広がっていた。どこへ行きたいとも何が欲しいともほとんど口にすることのない華から、行ってみたいと何度か聞いたことのあった場所だった。靴底を通しても冷たさの伝わってくる砂を踏みしめて、潮の匂いと波の音だけを頼りに、華の手を引いて波打ち際を歩き始める。

……そう気がついてやっと、私は他人事のように思えていた小学生の頃の自分と、いまの自分とのあいだに連続性を見いだすことができた。
その頃からは大部分が変わってしまったが、細い糸のような記憶を手繰り寄せているうちに、変わらないものに触れられたような感覚だ。

私の子どもたちも、何十年も経てばいまからは想像もつかないほど変わってしまうかもしれない。
そのときになっても変わらずにいるものをきちんと手繰り寄せることができるように、子どもたちの写真や描いた絵を大事に残しておきたいと思った。
そしてこの連載も、いつか子どもたちが読めば、そうした細い糸のひとつになれるかもしれない。

(協力:アップルシード・エージェンシー
◆ 次回は2021年5月19日(水)公開予定

*本連載が『ときどき女装するシングルパパが娘ふたりを育てながら考える家族、愛、性のことなど』(WAVE出版)として、11月17日に発売されました。
◆全国書店、オンライン書店にて好評発売中です!

この連載について

初回を読む
女装パパが「ママ」をしながら、家族と愛と性について考えてみた。

仙田学

突然の離婚により、娘ふたりを育てることになった女装趣味の小説家。「シングルファーザー」になってみると、彼にはこれまで想像もしなかったことが待ち受けていた。仕事と家事・育児に追われる日々、保育園や学校・ママ友との付き合い、尽きることのな...もっと読む

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sendamanabu cakesの連載。今回は、ママ友が実は小学校の同窓生だったことがわかり、卒アルでその頃の彼女を探した話です。 https://t.co/G1nLsuKqx4 5日前 replyretweetfavorite

MaxHeart24 → 卒業アルバムは変わらない「私」を手繰り寄せるための糸 |仙田学 @sendamanabu | 5日前 replyretweetfavorite