小遣いを貰いに行った人足部屋で、仁義を笑われたのが切っ掛けで睨み合いになった次郎長、熊五郎。一触即発、今にも喧嘩に成りそうな危ない気配だが、ナアニ、喧嘩と云ったって向こうは三十人、こっちは二人、端から喧嘩になんぞなりっこない、ただムッチャクチャに撲られるだけに決まっていて、それがわかるから次郎長も熊五郎も内心では、
まずいことになりゃあがった。
と思っている。けど笑われて引き下がる訳にはいかないから、
「やかましいやいっ、文句あんなら来いっ」
と口では威勢のいいことを言っている。
と、そう言われれば気の荒い人足のこと、
「この野郎、いきなり入ってきてなにをぬかしやがる。おいみんな、かまうこたねぇ、畳んぢまえ」
という訳で、一斉に撲ってかかる。といって次郎長だってただただ撲られちゃあいない、わあー、と殴りかかってくるところ、一番、前に居た奴の顔目がけて、ぐわーん、と頭突きをくれた。
こっちは大勢、向こうはふたり、と油断していたから躱す間もない、マトモに次郎長の石頭を食らって、バキッ、と歯が折れ、グニャ、と鼻が曲がって、真っ赤な血が、パアッ、と飛び散った。
「ああああー」
てってのめったところ、「この野郎」と胸倉摑んで押し倒して馬乗りになってポカポカ撲った。
とそこまではよかったがなにしろ向こうは大勢だ。
あっと言う間に後から引き倒されて、こんだ次郎長が寄ってたかって撲る蹴る、さんざんに痛めつけられて、
「あー、このままだと死ぬな」
と思ったところ、
「なんなの、やけに騒がしいじゃないのさ」
と入ってきた男があった。
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