アリとキリギリス』のキリギリスのように年中遊んでOK!

あえてレールから外れよ。3歳児の気持ちで、のめり込め。常識とか世間体なんか、「ぜんぶ無視だ」。堀江流「生き方改革」として、「自分の人生を取り戻す」ための、行動スキルを指南します。今回から、「習慣にすること」について。「没頭すればバランスは必要ない」。その第2弾です。「遊んで暮らす」は悪なのか? 3月11日発売の新著『非常識に生きる』より特別公開します。

貯めずとも、幸せに生きていくことはできる

子どもの頃、僕たちは親や学校から『アリとキリギリス』の寓話を聞かされた。汗水垂らしてコツコツ働き、充分な蓄えを持つ者=アリが生き延び、蓄えずに遊んでいた者=キリギリスは飢え死にする。それがメッセージだ。

真面目に働ききちんと蓄えをしておくことは、悪いことでない。でも、と僕は疑問に思う。アリたちは、飢えてしまったキリギリスを見捨ててよかったのだろうか?
蓄えを持たないで、いまに夢中になり、遊んで暮らす。それは、死んでも仕方ないような、悪い選択だったのか?

『アリとキリギリス』は、「働かざる者食うべからず」のことわざと一緒に、自業自得の戒めとして、僕たちに教えられた。額に汗して働く人生こそが理想で、そうしなかった者は、悲惨な最期を遂げても仕方ないのだと。現代人が長く洗脳されている、「貯金信仰」の象徴的な話だ

有限の食糧に頼っている旧時代の生活の設計ならば、『アリとキリギリス』の教訓は、一理あったかもしれない。しかし、現代はどうだろう? 500円で一人前の牛丼が食べられるし、スーパーでは毎日、大量の食材が廃棄されている。コツコツ貯めた蓄えがなくても、飢え死にする人は滅多にいない。

アリの生真面目さも大切だ。しかし飽食の時代となったいまこそ、キリギリスの愉快なサービスが、価値をもって求められるのではないだろうか。

アリたちは、歌や娯楽を提供してくれるキリギリスに食べ物の報酬を渡して、救ってあげるべきだった。遊んでいたヤツは飢え死にしろというのは、あまりにもひどすぎる。真面目に働く勤勉さと、楽しみや遊びを周りに提供する才能は、同じ価値であるべきだ。同じように、食べていける能力ではないか。

アリもキリギリスも飢えず、幸せに暮らせるのが、本当に成熟した社会だ。僕たちは、もうその社会を生きている

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「みんな一緒」の正義を疑え! レールから外れる41の行動スキルを伝授!

非常識に生きる

堀江 貴文
小学館集英社プロダクション
2021-03-11

この連載について

初回を読む
非常識に生きる

堀江貴文

あまたの事業を成功させてきた男、堀江貴文。実現できたのは、莫大な資金や、特殊な才能があったからではない。 ただ、好きなことに「没頭」してきたからだ! あえてレールから外れよ。 3歳児の気持ちで、のめり込め。 常識とか世間体なんか、ぜん...もっと読む

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7SOdMKBZHFrK1se "アリたちは、飢えてしまったキリギリスを見捨ててよかったのだろうか?" 確かに 10日前 replyretweetfavorite