博奕のイザコザが元で佐平と小富の二人を殺し、清水にいられなくなった次郎長、駿府の金八、江尻の熊五郎、庵原の広吉の三人、合計四人で清水を売って旅に出た。
どっちへ行こうか。どっちだっていいやな、どうせ行き先はねんだ。そうだな、じゃあ西へ行くか。ああ、そうしようってんで西へ向かい、鞠子宿まで来たところで金八が帰って、そこから先は三人旅、藤川宿まできて、万屋、という宿屋に泊まった。ところが。
そのときにゃあ、三人の懐に一文の銭もない。銭がないと勘定ができない。勘定が済まないと発つことができない。どうしよう。となった広吉と熊五郎、二階の間で額をくっつけて相談を始めた。
「どうしようか」
「どうもこうもない。しらばっくれて逃げましょう」
「それではこの家に悪い。いいか。やくざってのはなあ、堅気の旦那方に迷惑を掛けちゃいけねんだよ」
「なにをぬかしやがる。偉そうに言っててめぇ、その堅気の旦那からインチキでさんざ金を巻き上げてたじゃねぇか」
「なにをっ、てめぇ、もう一遍、言ってみて」
「言ってみて? 可愛く言うな。ああ、何度でも言ってやらあ。てめぇはイカサマ博奕で堅気の旦那から金を巻き上げてたじゃねぇか」
「戯談言っちゃいけねぇ。この俺は曲がったことの大嫌いな性分。イカサマ・インチキで堅気の旦那方から金を巻き上げたことは何度もありますよ」
「あんのかいっ」
「げらげらげら」
「げらげらげら」
広吉と熊五郎は楽しく笑った。開け放った窓越しに人々が朝の挨拶を交わす声が聞こえてくる。爽やかな夏の朝である。だからといって宿屋の人が、「勘定はいいですよ」と言ってくださる訳ではない。次郎長は笑っている二人を叱って言った。
「てめぇたち、笑ってる場合か。ちっとは真面目に考えろ」
「なにを言ってやがる、真面目が嫌だからやくざになったんじゃねぇか。次郎、そう言うてめぇになにか考えはあるのかい。ねぇのかい。ねぇんだろう」
「ある」
「なに、あるのかい。じゃあ、言ってみねぇ」
「言おう。その前に聞くが俺たちはなんだ」
「なんだ、ってこともねぇが、俺たちは気の合う仲間だよ」
「それだけじゃねぇ、俺たちはやくざじゃねぇか」
「そうだ。やくざだよ」
「だろ。そいで俺は聞いたぜ。やくざにゃあ、仁義ってものがある」
「ああ、俺も聞いたことがある。『手前生国と発しまするは……』ってあれだろ」
「そうよ。その土地の親分のところへ行って仁義を切れば草鞋銭ってんで、いくらか銭を貰える。その銭で宿屋の払いを済まそうじゃねぇか」
「それはいい。じゃあ、行こう。そうしよう。けど、俺はこの土地の親分を知らねぇ。次郎、てみゃ知ってんのか」
「知らねぇ」
「じゃあ、ダメじゃねぇか」
「それそこよ。親分は知らねぇが宿場宿場には人足部屋ってものがある。人足が大勢集まりゃあ、当たり前の話だが、あちこちでいたずらが始まる。となると人足の束ねをする人足頭はその宿の顔、つまり親分・親方になる」
「なーほど。ってことは、この宿の人足部屋を尋ねていって仁義を切りゃあ……」
「小遣い銭が貰えるって訳よ」
「おしっ、じゃそうしようじゃないか」
「よしじゃ、そうと決まりゃ、熊五郎、おめぇ、ちょっと言って仁義切ってきてくんねんか」
「嫌だよ」
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