病気ではなく、ひとを見る
ニュクス薬局によく来る、夜の街ではたらく肝臓を悪くしがちな男性のお客さんがいた。そのひとに、「お酒を控えましょう」と言うのは簡単なこと。でも相手からしたら、
「じゃあどうやって仕事をすればいいの?」ということになるだけだ。
マニュアルどおりに声をかけても、相手には伝わらない。
「はい」とは言いながら、こころの底では「チッ、うるせえな」となるだけで、右から左に流されておしまいだろう。
では、いったいどうすればいいのだろうか?
「こういうケースはこれって、正解はないです。相手とか状況によっていろんなパターンがあるので。
でも、たとえば定期的な献血を勧めたりしますね。
もちろん健康診断がいちばんですよ。でも、会社で検診を受けられない個人事業主は、1万円とか平気でかかる。大きな出費ですし、『そんな余裕ない』って言われたらそれまででしょ」
たしかに、献血なら血液検査も兼ねられるから定期的に経過を見ることができる。数値が悪いと指摘されれば、そのときすぐに病院に行けばいい。
夜から朝にかけてはたらくひとたちにとって、人間ドックをはじめとした健康診断を受けるのはハードルが高い。
まず、彼ら昼夜逆転しているひとたちが昼間に病院に行くためには、睡眠時間を削る必要がある。若ければなんとかなるのかもしれないが、できれば避けたいことに変わりはない。
その結果どうなるか? みんな、人間ドックや健康診断を避けていく。そうして、病気の早期発見が難しくなってしまう……。
たしかに逆の立場で考えれば、そうだよなあ、とも納得してしまう。健康診断は、ただでさえ面倒くさい。「今年はいいや」と思ってしまう。
「そう。『健康診断に行きましょう!』と強く言ったところで、彼らは行かないんですよ。『行ったほうがいい』ってことなんか、言われなくても頭の中ではわかってはいるんだから」
だったら、無理に健康診断を勧めたりするよりも、身体に気になることがあったときにすぐ相談できる存在でいたほうが合理的だ、と中沢さんは考える。そんなときのニュクス薬局だ、と。
医療者として、決して正攻法とは言えないかもしれない。
けれど、本当に目の前の相手の生活を考えたら、マニュアルどおりの声かけにはならない。「相手を想ったコミュニケーション」とは、こういうことなのだろう。
「薬剤師の仕事って、病気ではなく、あくまでひとを見ることなんです。生活や仕事、人間関係、精神状態……すべてひっくるめた『そのひと』を健康にすることが目的、ですね」
「深夜薬局」と「深夜食堂」
ニュクス薬局は「深夜薬局」だ。
この呼び名は、かの有名な『深夜食堂』のオマージュでもある。
『深夜食堂』は2006年に『ビッグコミックオリジナル』で連載がスタートし、ドラマ化、映画化などもされた大人気コミックだ。
舞台は深夜0時から朝7時まで営業する「めしや」。店をひとりで切り盛りするマスターは顔に傷がある。メニューはほぼない。来たひとが「赤いウインナー」「2日目のカレー」など、食べたいものを伝えるスタイルだ。
カウンターのみの店内には、それこそヤクザからサラリーマンまで、幅広い客層が集まる。マスターとお客さん、そしてお客さん同士で交わされる人情話に顔がほころんだり、ほろりと涙したりするファンは多い。
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