インターネットで、理想の社会がやって来る。そう確信した僕は、インターネット事業の会社を起こそう! と決めた。
親だろうと、他人の意見になんか従うわけがない
見よう見まねで、稚拙な事業計画書をつくった。最初の事業計画書のプリントアウト版は、いまも残っている。
記載した社名は『リビング・オン・ザ・エッヂ』(崖っぷちに生きる)。
有限会社オン・ザ・エッヂと社名をあらためて1996年、創業社長に、僕が就いた。
その数年後に『ライブドア』となる会社で、起業家としての人生がスタートしたのだ。
会社を立ち上げた時期と前後して、僕は大学を中退した。
正確には1997年の2月に中退、という記録になっている。学生事務局に行って手続きなどは、していない。学校に行くのをぱったりとやめたら、自動的に「除籍」されたようだ。除籍の通知があったのかどうか、覚えていない。
八女市の実家に、教授から「貴文さんが除籍になった」と報告はあったようだ。さすがに驚いたのか、父親が電話をかけてきた。
「中退はダメだ! 絶対に卒業だけはしろ!」
というような話をされた。「ああ、そう……」と聞き流し、無視を通した。
親の意見なんか、まったくいらない。僕の人生を生きるのは、僕自身なのだ。
僕が起業してビジネスを始めるのだと決めたら、あとは突き進むのみ。決定事項なので、親だろうと、他人の意見になんか従うわけない。
東大生ブランドという実利的に得るべきものは、すでに得た。大学生活で、他に得るべきものは、もうないのだ。
せっかく4年生まで通ってもったいない……卒業ぐらいしておけばいいのに、と言われる。そのもったいないという感覚が、僕には全然、これっぽっちも理解できない。
めちゃくちゃ面白そうなことを始められるチャンスを先送りにして、つまらない大学に通い、学びたくもない勉強を続ける時間の方が、僕には何十倍も、もったいなく感じる。それは、おかしいのだろうか?
東大を辞めて、インターネットのビジネスを興すなんて、非常識だと言われた。いずれ後悔するよ、と言う人もいた。
期待に添えなくて申し訳ないが、起業以降、一度たりとも後悔したことはなかった。
むしろ起業直後は、学生の身分じゃないから、堂々と馬主申請ができる! と嬉しくなった。そして1999年には、馬主になる夢を叶えられた。
他人の意見など聞かないでよかったと、心底から思っている。
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