深夜薬局

なんかあった?」。遠くからボールを投げるという方法

新宿・歌舞伎町に夜間だけ営業している「ニュクス薬局」。人には言えない、相談もできない。そんな、いろいろな事情を抱えたひとびとが訪れています。ここははたしてどんな薬局なのか。訪れる人が絶えない理由は、いくつかのキーワードにありました。今回はその第3弾。ライターの福田智弘さんがくわしくお話しを伺いました。好評発売中の『深夜薬局』より特別公開します。

歌舞伎町仲間

中沢さんは、新宿に居を構え、歌舞伎町に勤める、立派な「歌舞伎町の住人」だ。だから、いろいろな仲間もできる。そのつながりが、いっそう街を愛し、お客さんを愛するこころを育んでいくことにもなるのだろう。

あるときは、開局する前に、よく行っていた定食屋で、たまたま一緒になったヤクザと「マトリ」の話をした、という。

「せっかく新宿に住んでるんだし、マトリ、1回くらい経験してみようかな
なんて話をしたこともあるという。

マトリとは、「麻薬取締官」のこと。
このマトリ、じつはおよそ8割が薬剤師なのだ。国家公務員にあたり、国家試験を受ける必要がある。その受験資格が、薬剤師免許を持っているか、司法試験に合格しているかのどちらかなのだ。
それで、本格的に薬局をオープンさせる前にマトリのキャリアをワンクッションはさんでみようか、と中沢さんが思いつきで言ったところ、そのヤクザは、

兄ちゃんやめとけよ。マトリなんて陰湿だからさ
と反対したという。
「お前が言うかって、思いましたけどね(笑)」

また、ニュクス薬局のはす向かいには、おでん屋さんがある。
わずか1坪、カウンターのみの狭い店。ヤクザの組長から一見さんまで、入れ替わり立ち替わりお客さんがやって来ては、食べて飲んで帰っていくこのおでん屋は、開局前から現在にいたるまで、中沢さん行きつけの店だ。

そこでは、元傭兵の仲間ができたという。
「給料をもらって戦場に行く、あの傭兵です。
イラクと、あともう1カ国どこかに行っていたかな。イラクは後方部隊で、もうひとつは前線で。帰国してからはウチの近くにあるラブホテルの支配人をしていました。
そいつ、もともと宅建の資格を持ってたんですよ。まあ、そのラブホテル、火事で燃えちゃったんですけど」

ほかにも、宅配サービスをはじめるきっかけになった、歌舞伎町のゴミ拾いボランティアの友だちなどもいる。ヤクザから、傭兵から、多種多様なひとがいるのが、新宿という街だ。

そういった長年の、あるいはたまたま偶然めぐりあっただけの仲間との付き合いが、いまの中沢さんをつくった、といっても過言ではないだろう。そのような付き合いを通して、街の空気を吸っている。街の空気を十分に吸い込んでいないひとでは、この街で生きるひとに、アドバイスなどできないはずだから。


遠くから投げるボール

「今日はどうしたの?」
「なんか元気ないね」

中沢さんがそう声をかけることで話しはじめるひとも多いという。それまで、自分からは口を開かなかったのに。

とくに、睡眠薬や抗うつ剤といったメンタル系の処方箋を持って薬局にやって来るひとは、不安や悩みを抱えてひとりでじっと耐えてしまうタイプが多い。中沢さんは、そういったサインを見逃さない。相手の仕草や表情をさりげなく、でもよーく見て、どういう気持ちなのか、なにを思っているのか読み取っていくのだ。

マスコミから取材を受けるときも、相手が納得のいっていない顔をしたり、上を見て考え込んだりすると、こちらから言葉を変えて説明を重ねたりするのだという。

お客さんの本音や本心を聴くために、中沢さんは心理学やマインド・リーディングを勉強し、自分なりに応用しているという。
そのひとつが「遠くからボールを投げる」というやり方

はじめは核心から離れたところから問いかけのボールを投げて、だんだん近づけていく。少しずつ投げるボールを悩みの核心に近づけ、「話してみようかな」と、相手がこころを開くよううながす

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この連載について

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深夜薬局

福田智弘

新宿・歌舞伎町。このネオン街の一角に、小さな薬局があります。「ニュクス薬局」。営業時間は夜8時から翌朝9時まで。薬剤師はたった一人。訪れるのは、親からの虐待を告白する多重人格の女性やコロナ禍で生活苦を訴える風俗嬢、「眠れない」とあせる...もっと読む

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