前田裕二『人生の勝算』を立ち読みする
映画『花束みたいな恋をした』(脚本・坂元裕二)を観た。山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)の2人によるラブストーリーだが、観る前から、「2人の本棚が気になるはずだよ」との情報、というか通達を数人から受けていた。あらかじめ目を通していた雑誌『ユリイカ』の坂元裕二特集にある、坂元裕二のZoom画面に写り込んでいる大きな本棚には、森達也や佐野眞一の本がかろうじて判別できるくらいだったが、それらのノンフィクション系の本は映画には登場せず、2人の会話には、今村夏子、滝口悠生、柴崎友香、多和田葉子、佐藤亜紀などの作家名が並んだ。
「わたしも穂村弘大体読んでます」「僕も長嶋有はほぼほぼ」といった会話が随所に盛り込まれることもあり、2人の趣味嗜好を知らせる人名・作品名から議論を始めたくもなるのだが、既にその手の分析は繰り返し行われているようなので、むしろ、それ以外の部分を拾いたい。一緒に暮らし始めた2人だが、就職した麦が多忙を極める中、すれ違いが生じていく。そのズレを伝える2つのシーンがある。絹が滝口悠生『茄子の輝き』を読む一方で、麦はパソコンに向かって表計算ソフトをいじっているシーン。書店で文芸誌「たべるのがおそい」を手にした絹が、前田裕二『人生の勝算』を立ち読みしている麦に困惑するシーン。初めて麦の部屋に訪れた日に「ほぼうちの本棚じゃん」と喜んだ絹にとっては、読む本の違いはとても大きなものだった。
浮上してくるEXILE・HIRO
この映画では、繰り返し、「自分(たち)とは絶対に相入れないもの」が描き出される。映画が始まってすぐに登場するのが、絹が人数合わせで呼ばれた西麻布のカラオケ店のシーン。IT系のチャラい男性と若い女性が歌っているのはGReeeeNの「キセキ」で、そこにいた1人の男が「結局、やるかやらないかなんだよ」と言う。この一言に聞き覚えがあったが、ひとまず頭の片隅にしまっておく。やがて、2人が暮らす家にやって来た絹の両親。その父・芳明が、「今僕オリンピックやってるんだけどね」と自慢げに語っていると、スマホが鳴り、「あ、ヒロさんからだ」と口にしてから電話に出る。