登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
ミルカさん:数学が好きな高校生。 僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
置換積分の公式
置換積分の公式
- 関数$f(x)$は$a$と$b$のあいだで連続とする。
- 関数$g(\theta)$は$\alpha$と$\beta$のあいだで単調かつ微分可能とする。
- $a = g(\alpha)$とする。
- $b = g(\beta)$とする。
- 関数$g(\theta)$を$\theta$で微分した導関数を$g'(\theta)$とする。
- 関数$g'(\theta)$は$\alpha$と$\beta$のあいだで連続とする。
合成関数の微分を使って置換積分の証明はできたけれど、テトラちゃんは、まだいま一つ納得していないようだ。
テトラ「いえ、あたしは理解はしていますし、納得もしているつもりです」
僕「うん、でも?」
テトラ「はい、でも……確かに、あたしは、本当には納得していませんね。それは、きっとこの「例題」と《お友達》になっていないからだと思います」
$$ \int_0^1 \frac{1}{1 + x^2} dx = \frac{\pi}{4} $$ミルカ「しかし、計算そのものは追えていたはずだな」
テトラ「そうですね……でも、その計算の一歩目に引っかかるんです。つまり、$$ x = \tan\theta $$ のように置く点です。あたし、そんなことは絶対気づけないと思うんです。 だって、とてもよく似ている、 $$ \int_1^2 \frac{1}{x^2} dx $$ の場合には$x = \tan\theta$なんて置かないじゃないですか。だとしたら、その違いはどこにあるのでしょうか」
僕「《式の形》かなあ」
ミルカ「《式の形》だな」
テトラ「式の……形?」
僕「うん。$1 + x^2$という式をみたら、$\tan\theta$を連想するから」
テトラ「え、えええっ……」
ミルカ「テトラが追っていた計算にその手がかりはある(第318回参照)。ここだ」
$$ \begin{align*} \int_0^1 \frac{1}{1 + x^2} dx &= \int_0^{\pi/4} \frac{1}{1 + \tan^2\theta}\cdot\frac{dx}{d\theta}\, d\theta \\ &= \int_0^{\pi/4} \frac{1}{1 + \tan^2\theta}\cdot (1 + \tan^2\theta)\,d\theta \\ &= \cdots \end{align*} $$テトラ「これが……?」
僕「$\tan\theta$そのものというよりも、その導関数が鍵だね。つまり、$$ \frac{d}{d\theta}\tan\theta = 1 + \tan^2\theta $$ という形になっている」
テトラ「そうですが……」
僕「そして、どうしてその形がうれしいかというと、$$ \frac{1}{1 + \tan^2\theta} \cdot (1 + \tan^2\theta) $$ という積が1になって、積分が簡単になるから。そういう式の形に関心があるんだよね」
テトラ「ははあ、確かにそうですね!」
僕「$x = \tan\theta$と置くと$$ \frac{d}{d\theta}x = 1 + x^2 $$ になる。だから、$1+x^2$をみたら、$\tan\theta$が思い浮かぶんだと思うな」
テトラ「思い浮かぶ……」
ミルカ「要するに、次の微分方程式、$$ g'(\theta) = 1 + g(\theta)^2 $$ の解の一つ$g(\theta) = \tan\theta$を見つけていることにほかならない。それはさすがに《式の形》を見て誰でもすぐに思いつくというものではない。微分方程式の解法を学んだ後ならいざしらず」
テトラ「……」
僕「置換積分の公式に合わせて対応関係を見てみるとこうなっているよね」
テトラ「なるほど、そうですね」
僕「要するに、こういう対応だよね。$$ \begin{cases} f(x) &= \dfrac{1}{1 + x^2} \\ g(\theta) &= \tan\theta \end{cases} $$ ここで、$g(\theta)$を、$x(\theta)$と書いてみると、対応関係がもう少し明確になるよ。だって、 $$ \begin{cases} f(x) &= \dfrac{1}{1 + x^2} \\ x(\theta) &= \tan\theta \end{cases} $$ とするなら、 $$ \begin{cases} f(x) &= \dfrac{1}{1 + x^2} \\ x'(\theta) &= \,1 + x^2 \end{cases} $$ となるからね」
テトラ「$f(x)$の逆数になる。そんな導関数を持つ関数があればうれしくて……そして、たまたま$\tan\theta$がそれだったということなんですね」
僕「この例題の場合はそうだね。逆数じゃなくても置換した結果の積分する関数が簡単になればいいんだけど」
ミルカ「《逆関数の導関数は、導関数の逆数》だから、こんなこともわかる。$\theta = \arctan x$は$x = \tan\theta$の逆関数。ただし$-\pi/2 < \theta < \pi/2$として考える」
$$ \frac{d}{dx}\arctan x = \frac{1}{1 + x^2} $$テトラ「このグラフは?」
ミルカ「逆関数のグラフは、横軸と縦軸を交換して得られる。導関数が接線の傾きであることを考えれば《逆関数の導関数は、導関数の逆数》は理解できる」
テトラ「《逆関数の導関数は、導関数の逆数》というのは、なかなか……ややこしいですね」
ミルカ「ならば、こんなふうに整理すればいい。右に進んで下に進むことと、下に進んで右に進むことが同じという主張だ」
テトラ「ああ……なるほどですっ!」
僕「導関数を$\frac{dx}{d\theta}$のようにな形に書くライプニッツの表記法のすばらしいところだね!」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
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