大隈、夢は叶えるためにあるのだ」| 至誠通天(五)

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。青年期から最晩年まで、「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、令和版大隈像をお楽しみください。


 明治三十三年(一九〇〇)、清国で民衆の怒りが爆発し、外国人排斥の運動が起こった。これに便乗したのが宗教的秘密結社の義和団である。義和団は「扶清滅洋」をスローガンにして民衆を扇動し、極端な排外主義を展開した。それだけなら暴動で済んだが、清国の実質的指導者の西太后が欧米列強に宣戦布告したため、国家間の戦争に発展する。

 こうした清国の勝手な振る舞いに、諸外国の強硬派は声高に「支那分割論」を唱え、日本でも盛り上がったが、大隈は「支那保全論」を主張した。というのも大隈は列強が日本にしたように、清国に文明開化策を取らせた方が将来、経済的な利益が生まれると思ったからだ。

 この頃の大隈は、演説会などで「搾取ではなく扶養だ」と唱えていた。

「清国の領土を保全し、文明化を促せば、列国は経済的に大きな利益を得られる。各国で辺鄙な土地を分割統治したところで、巨額の経費が掛かるだけだ」と、大隈は演説した。

 こうした大隈の姿勢を知った清国政府は、人材の派遣を求めてきた。大隈は快くこれを引き受け、教師から学校運営の専門家まで、多数の人材を送り続けた。また東京専門学校でも清国留学生部を設置し、多くの清国人留学生を受け入れた。政治情勢の変化でこうした動きは五年で終わるが、この間に一千人もの清国人留学生を受け入れ、清国内に親日派を形成することに貢献した。

 一方、こうした対外的な動きとは別に、明治三十三年八月、山縣と手を切った伊藤が、星の後ろ盾を得て政党の結成に動き出していた。

 そんな最中の八月十七日、伊藤が大隈の大磯別邸を訪ねてきた。伊藤は新党結成を大隈に告げて協力を仰いだが、大隈は「憲政本党は合流しない」と回答した。大隈にとって主義主張の異なる政党と手を組むことで痛い目に遭っている上、伊藤の背後には星がいるので、利用されるのを恐れてのことだった。

 九月、伊藤は立憲政友会を創設し、藩閥政治との決別を告げる。星が率いる憲政党員も移行したので、発会式は千四百人もの参加者を見た。党員の中には大隈の腹心の尾崎行雄もいた。尾崎は大隈に相談もせず立憲政友会に移ったのだ。

 これに怒った大隈は、尾崎と袂を分かつことになる。

 十二月、劣勢となった憲政本党は党首に大隈を就任させ、党勢の立て直しを図る。またしても政局は大隈と伊藤の対決という形になりつつあった。だがこの時、脱党者を多く出していた憲政本党の衆議院議員は、最大時の百二人から六十九人に減っており、党勢の衰えは覆い難いものがあった。

 だが明治三十四年(一九〇一)、船出したばかりの伊藤内閣が倒れた。閣僚どうしの意見の不一致が原因だが、寄せ集めのような大所帯だったので、当然と言えば当然だった。六月には、桂太郎が首班となる第一次桂内閣が発足する。

 その後の大隈は個人的な問題に悩まされることになる。まず同年三月、早稲田の大隈邸が失火により半焼し、大隈は再建資金もないほどの財政難に陥る。それでも大磯の別邸を売り、株を売却し、鍋島家から援助を受けて資金を作った。

 これまでは三菱と緊密な関係を築いてきた大隈だが、この頃には頼みの岩崎弥之助も第一線を退いていたので、三菱は金を貸すのに抵当を要求するほど冷たい関係になっていた。

 また明治三十五年(一九〇二)二月には、大隈英磨が熊子と離婚する。その原因は英磨が友人の借金の保証人になり、二万円(約三億円)もの負債を出したためであった。この負債も大隈が負担したので、大隈は財政的に首が回らない状態となっていた。

 唯一のいい話が同年十月、東京専門学校が早稲田大学と改称して再出発したことだ。

 早稲田大学の開講式では、伊藤が祝賀演説を行った。

「これまで世の人の中には、東京専門学校をもって党勢拡張の具となさんとすると見る人が多かった。だがこれは、大隈伯爵の度量の大きさを見誤ったものだ。大隈伯爵自身は政界と教育界双方に関与しておられるが、学校事業は政治の外に置き、職員や学生に自らと同じ政治思想を持たせようという考えはない。自由な教育を尊ぶ早稲田大学の船出を、皆で祝おうではないか」

 万雷の拍手が起こった。それを舞台の袖で聞いていた大隈も感慨深いものがあった。

 —政敵ではあったが、伊藤君は常に友だった。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と...もっと読む

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