川淵三郎が手に持っていた本
玄関先で報道陣が待ち構えている自宅を出た川淵三郎は、止めてある車に駆け込んだのだが、その手には一冊の本が握られていた。録画しておいたニュース映像を一時停止し、テレビに近づいて確認してみると、西山隆行『格差と分断のアメリカ』という書籍だとわかる。その他の荷物はお付きの人があらかじめ運んだのか、車の中に必要なものが常備されているのか、川淵はとにかく本だけを持っていた。直前まで本を読んでいたのか、乗った瞬間から読みたいのか、その両方なのかはわからないが、なかなかの活字中毒者である点が、ほぼ唯一のシンパシーだった。移動する時に読む本がなくなったらどうしようと毎日考えている。
結果的に、川淵は東京オリンピック組織委員会の会長就任を辞退したが、11日午後に新会長就任報道が出て、川淵が引き受けるつもりでいると語った後、組織委員会から報道を打ち消す声明は出ていない。翌朝になって、まだ決まっていない、川淵は辞退するらしいとの流れに変わっていったが、辞任する森が川淵を指名するという閉鎖性への疑念が噴出したり、川淵のこれまでの言動が掘り起こされたりしたことが影響した。逆に言えば、組織委員会はそうなるまで、川淵でいける、と踏んでいたのではないか。
「泣かれたので、俺も泣いた」
11日の夜、再度、自宅前で取材を受けた川淵は、神妙な面持ちで、「(人に聞いたところによれば)森さんが、ともかく泣いておられたとかね」「つらい話をする時にも俺も感極まって、本当につらかったろうなと思って、涙が止まらなかった」と述べた。彼が泣いた、俺も泣いた、と告げる映像を見せられた時に、即座に「だから何だよ」と問える自分でありたいと強く思う。幸いにも、その思いは自分が思っていた以上に強かった。