コロナ禍で落とした命
2020年、新型コロナウイルスが流行し、緊急事態宣言が出たときも、中沢さんは店を開けていた。もちろんお客さんの数は少なくなったが、「コロナ以前」と同じようにカウンターに立ち続けた。
その最中、亡くなってしまった女性がひとり、いる。
死因は、コロナではない。自死だ。ニュクス薬局によく顔を出していたひとだった。
その女性はもともと専門学校に通っていたものの、人付き合いを苦に感じて途中で退学。その後、性風俗店ではたらきはじめたものの精神的につづかず、キャバクラにうつったのが2020年のはじめのころだった。そのときは、
「こっち(キャバクラ)ならがんばれそう」
と前向きに語っていた。
ところが、新型コロナウイルスが流行しはじめると、「接待を伴う飲食店」であるキャバクラは休業を余儀なくされた。売上も、もちろん収入もほとんどゼロ。
彼女はもう一度、収入を得るために、性風俗店に戻っていった。
しかし悪いことに、そのタイミングで緊急事態宣言が発令された。完全なる「ステイホーム」ムード。性風俗も、仕事がほとんどなくなってしまった。
常連だった彼女は、その前後、何度かニュクス薬局にやってきた。中沢さんも、生活保護の話もしたし
「何かあったら、いつでもうちにおいでよ」
などと声をかけていた。あるとき
「そんなに困っているんだったら、家族とか親に相談してみたら」
と話したら、
「いや、親が……」
と暗い顔をする。過去に親から虐待を受けていたという。
「だれも頼れない」と、以前言っていたのはそういうことだったのか。
話を聴いてもらえる相手は、もう中沢さんしかいなかったのだろう。
その日も、いろいろ話して、ニュクス薬局を出たときは元気そうな顔になっていた。しかし、それから1週間も経たずして警察から連絡があった。自死されたという。警察は、彼女の部屋にあった薬か、お薬手帳をたどって、ニュクス薬局のことを知ったのだろう。
「いつでもいいから、またおいで」
薬局を出ていくとき、告げたその言葉が最後の会話になってしまった。
死を決意する前の彼女に、ほんの少しの笑顔とひとのあたたかさを与え続けた中沢さん。しかし、夜の街ではたらくひとには、政府や自治体から満足な補償が与えられなかった。
「ここなら」と思えた仕事を得たのに、コロナに翻弄されてしまった女性。メディアで「夜の街」と矢面に立たされていた歌舞伎町で、こうして、必死に生きようとして、ついに命を絶つしかなくなってしまったひとがいた……まさに「いた」のだ。
獄中からの手紙
仕事帰りにしょっちゅう立ち寄っては、ただ雑談だけして帰っていくキャバクラ嬢がいた。明るい子だった。ところが、しばらく顔を見せない期間があり、どうしたんだろうと思っていると……ある日、突然手紙が届いた。それは、刑務所からだった。
封を開けてみると、手紙には覚醒剤使用で逮捕されて服役中であること、そして自分の無実を訴える内容が書かれていた。
「罠にハメられたんだ。ホテルでお酒にクスリを入れられたんだ」と。
彼女はキャバクラではたらいているとき、元カレの詐欺犯罪に巻き込まれて一度逮捕されている。そのときは執行猶予がつき、引きつづきキャバクラではたらいていた。
ところがアフターで、あるお客さんとホテルに行ったところ、お酒に覚醒剤を入れられてしまう。頭がぐるぐるして気持ちが悪い。「これはおかしい」と思い、ホテルから飛び出た瞬間、警察に肩を叩かれた。執行猶予中の犯罪だったためそのまま実刑が下された。
「だけどわたしはホントに2件ともシロなんだ」
そんな話がつづられていた。
その後中沢さんは、10通ほど彼女と手紙のやりとりを交わした。
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