深夜薬局

いつでもいいから、またおいで」コロナ禍での最後の会話

新宿・歌舞伎町に夜間だけ営業している「ニュクス薬局」。人には言えない、相談もできない。そんな、いろいろな事情を抱えたひとびとが訪れています。ここへ何かを求めてやって来る人々と、薬剤師の中沢さんとの10の物語について。今回はそのシリーズの最終回。ライターの福田智弘さんがくわしくお話しを伺いました。2月18日発売の『深夜薬局』より特別公開します。

コロナ禍で落とした命

2020年、新型コロナウイルスが流行し、緊急事態宣言が出たときも、中沢さんは店を開けていた。もちろんお客さんの数は少なくなったが、「コロナ以前」と同じようにカウンターに立ち続けた。

その最中、亡くなってしまった女性がひとり、いる。

死因は、コロナではない。自死だ。ニュクス薬局によく顔を出していたひとだった。
その女性はもともと専門学校に通っていたものの、人付き合いを苦に感じて途中で退学。その後、性風俗店ではたらきはじめたものの精神的につづかず、キャバクラにうつったのが2020年のはじめのころだった。そのときは、

「こっち(キャバクラ)ならがんばれそう」
と前向きに語っていた。

ところが、新型コロナウイルスが流行しはじめると、「接待を伴う飲食店」であるキャバクラは休業を余儀なくされた。売上も、もちろん収入もほとんどゼロ。
彼女はもう一度、収入を得るために、性風俗店に戻っていった。

しかし悪いことに、そのタイミングで緊急事態宣言が発令された。完全なる「ステイホーム」ムード。性風俗も、仕事がほとんどなくなってしまった。
常連だった彼女は、その前後、何度かニュクス薬局にやってきた。中沢さんも、生活保護の話もしたし
「何かあったら、いつでもうちにおいでよ」
などと声をかけていた。あるとき
「そんなに困っているんだったら、家族とか親に相談してみたら」
と話したら、
「いや、親が……」
と暗い顔をする。過去に親から虐待を受けていたという

「だれも頼れない」と、以前言っていたのはそういうことだったのか。
話を聴いてもらえる相手は、もう中沢さんしかいなかったのだろう

その日も、いろいろ話して、ニュクス薬局を出たときは元気そうな顔になっていた。しかし、それから1週間も経たずして警察から連絡があった。自死されたという。警察は、彼女の部屋にあった薬か、お薬手帳をたどって、ニュクス薬局のことを知ったのだろう。

「いつでもいいから、またおいで」
薬局を出ていくとき、告げたその言葉が最後の会話になってしまった。

死を決意する前の彼女に、ほんの少しの笑顔とひとのあたたかさを与え続けた中沢さん。しかし、夜の街ではたらくひとには、政府や自治体から満足な補償が与えられなかった。

「ここなら」と思えた仕事を得たのに、コロナに翻弄されてしまった女性。メディアで「夜の街」と矢面に立たされていた歌舞伎町で、こうして、必死に生きようとして、ついに命を絶つしかなくなってしまったひとがいた……まさに「いた」のだ。


獄中からの手紙

仕事帰りにしょっちゅう立ち寄っては、ただ雑談だけして帰っていくキャバクラ嬢がいた。明るい子だった。ところが、しばらく顔を見せない期間があり、どうしたんだろうと思っていると……ある日、突然手紙が届いた。それは、刑務所からだった

封を開けてみると、手紙には覚醒剤使用で逮捕されて服役中であること、そして自分の無実を訴える内容が書かれていた。
「罠にハメられたんだ。ホテルでお酒にクスリを入れられたんだ」と。

彼女はキャバクラではたらいているとき、元カレの詐欺犯罪に巻き込まれて一度逮捕されている。そのときは執行猶予がつき、引きつづきキャバクラではたらいていた。

ところがアフターで、あるお客さんとホテルに行ったところ、お酒に覚醒剤を入れられてしま。頭がぐるぐるして気持ちが悪い。「これはおかしい」と思い、ホテルから飛び出た瞬間、警察に肩を叩かれた。執行猶予中の犯罪だったためそのまま実刑が下された。

「だけどわたしはホントに2件ともシロなんだ」
そんな話がつづられていた。

その後中沢さんは、10通ほど彼女と手紙のやりとりを交わした。

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この連載について

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深夜薬局

福田智弘

新宿・歌舞伎町。このネオン街の一角に、小さな薬局があります。「ニュクス薬局」。営業時間は夜8時から翌朝9時まで。薬剤師はたった一人。訪れるのは、親からの虐待を告白する多重人格の女性やコロナ禍で生活苦を訴える風俗嬢、「眠れない」とあせる...もっと読む

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コメント

wackosato 軽々しく居場所、という言葉を使わない理由は、居場所、という言葉の重みを感じるから。 14日前 replyretweetfavorite