私は福厳寺という寺に生まれ、幼い頃から師匠である父に言われてきました。
「お寺はおまえの家ではない。ここは仮住まいでしかない。私が死んだらおまえたちは出ていかなければいけないのだから、家に頼るな。親にも頼るな」
幼い私はそれが怖くてたまらず、母にこう訴えたものです。 「小さくてもいいから、家を買って住もうよ」 今思えば、家があったら安心だと思っていたのです。 ごくごく当たり前の感覚です。
人は安定を求めて家を買い、安定を求めて資産をつくろうとします。しかし、それらは本当に安定をもたらすでしょうか。
地震が起きたら、家は倒壊してしまうかもしれません。経済危機が訪れたら、貨幣価値は変わります。給料が減るどころか、会社自体が消えてしまうかもしれません。 諸行無常という言葉が示すとおり、すべては変わりゆくもの。世の中というのは過去現在未来、常に不安定なんです。
お金がある、いい家を持っている、高級車がある、それは確かに形ある資産と言えるものですが、有形のものだけに頼るのは愚かです。なぜなら、形あるものはすべて壊れ、消えてしまうからです。
お釈迦様の死期が近づいたとき、お弟子さんが聞きました。「もしお釈迦様が亡くなられたら、その後、私たちは何を頼りに生きていけばいいでしょうか?」 するとお釈迦様は、「自灯明(じとうみょう)と法灯明(ほうとうみょう)を大切にして生きなさい」と答えました。
自灯明というのは、自分自身を頼りにすること。つまり拠り所になれるような自分になりなさいという教えです。 法灯明というのは、お釈迦様の教えを指します。お釈迦様自身ではなく、お釈迦様が教えたこと、つまり仏教を拠り所としなさいという教えです。
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