深夜薬局

多重人格を告白するガールズバー店員

新宿・歌舞伎町に夜間だけ営業している「ニュクス薬局」。人には言えない、相談もできない。そんな、いろいろな事情を抱えたひとびとが訪れています。ここへ何かを求めてやって来る人々と、薬剤師の中沢さんとの10の物語について。今回はその第2弾。ライターの福田智弘さんがくわしくお話しを伺いました。2月18日発売の『深夜薬局』より特別公開します。

「別荘」でのクチコミでやって来た男性

あるとき中沢さんがカウンターに立っていると、ひとりの男性が入ってきた。

なんとなく、普通のお客さんと少しだけ違う……妙にそわそわした感じがした。その男性が、一本の栄養ドリンクをレジに持ってきた。中沢さんがお金を受けとると、その男性は、意を決したように
「じつは『別荘』でAさんと一緒になりまして」
と告げた。

「別荘」とは、中沢さんによると「刑務所」を指すスラングとのこと。
「Aさん」とは、じつは中沢さんの中学校時代の同級生だ。当時はあまり仲良くなかったものの、ニュクス薬局がはじめてテレビに取り上げられて以来、ときどき遊びに来るようになった。そして、来るたびに、いちばん高いドリンク剤を買っていった。

いつもこんなふうにきっぷがよいのか、同級生の前で男気を見せてくれたのかわからないが、ふたりの共通の友人は、その羽振りのよさに懸念を示していたという。

その懸念は的中した。Aさんは詐欺の容疑で捕まったのだ。詐欺罪の中ではかなり重たいほうの量刑だった。

そして、『別荘』の中でAさんと仲良くなったというこの男性は、
「ここの話、Aさんからずっと聞いていたんですよ……。
そんで、おれが先に『別荘』を出ることが決まったら……Aさんったら、『ここを出たらさ、ちょっと行ってみなよ』って言ったんです。

Aさんも、もうちょっとしたら出てくると思います」
そう伝えるために、中沢さんに会いに来たのだ。

「いやあ、まさか刑務所内からクチコミで来るか! って思いましたけどね(笑)」
と中沢さんは軽く笑った。

刑務所という場に入ったときにも、ふと思い出してしまう、それがニュクス薬局という場であり、中沢さんのひととなりなのだろう。
いや、刑務所という場にいるからこそ、「深夜薬局」の温かさが忘れられなくなったのかもしれない。夜の街よりも冷たいコンクリートの壁の中だからこそ……。

ちなみに、先に「別荘」を出たその男は、練馬のキャバクラで黒服をしている。
いまも新宿・花園神社のお祭りにはテキ屋として呼び出され、ニュクス薬局に顔を出すこともあるのだという。
「ちょっと行ってきます」と言って。

「別荘」でのクチコミが、あらたなファンをつくったのだ。


多重人格を告白するガールズバー店員

ガールズバーではたらく、明るくて元気な女性がいた。
処方箋を持ってきたり二日酔い防止の薬を買っていったりする、まあまあ常連の子。ただ、頻繁に妊娠検査薬を買っていくので、それが少し気になっていたという。
「まあ、咎めることでもないというか……、検査なんで、別にいいんですけど。
どうしたのかな、とは思ってました」

あるとき彼女が、わんわん泣きながら入ってきた。
中沢さんは驚き、
「とりあえず座ろう」
と、カウンターの前にある丸椅子に座らせた。

彼女はその夜、
「自分には別の人格がある」
とカミングアウトした。

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この連載について

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深夜薬局

福田智弘

新宿・歌舞伎町。このネオン街の一角に、小さな薬局があります。「ニュクス薬局」。営業時間は夜8時から翌朝9時まで。薬剤師はたった一人。訪れるのは、親からの虐待を告白する多重人格の女性やコロナ禍で生活苦を訴える風俗嬢、「眠れない」とあせる...もっと読む

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