「別荘」でのクチコミでやって来た男性
あるとき中沢さんがカウンターに立っていると、ひとりの男性が入ってきた。
なんとなく、普通のお客さんと少しだけ違う……妙にそわそわした感じがした。その男性が、一本の栄養ドリンクをレジに持ってきた。中沢さんがお金を受けとると、その男性は、意を決したように
「じつは『別荘』でAさんと一緒になりまして」
と告げた。
「別荘」とは、中沢さんによると「刑務所」を指すスラングとのこと。
「Aさん」とは、じつは中沢さんの中学校時代の同級生だ。当時はあまり仲良くなかったものの、ニュクス薬局がはじめてテレビに取り上げられて以来、ときどき遊びに来るようになった。そして、来るたびに、いちばん高いドリンク剤を買っていった。
いつもこんなふうにきっぷがよいのか、同級生の前で男気を見せてくれたのかわからないが、ふたりの共通の友人は、その羽振りのよさに懸念を示していたという。
その懸念は的中した。Aさんは詐欺の容疑で捕まったのだ。詐欺罪の中ではかなり重たいほうの量刑だった。
そして、『別荘』の中でAさんと仲良くなったというこの男性は、
「ここの話、Aさんからずっと聞いていたんですよ……。
そんで、おれが先に『別荘』を出ることが決まったら……Aさんったら、『ここを出たらさ、ちょっと行ってみなよ』って言ったんです。
Aさんも、もうちょっとしたら出てくると思います」
そう伝えるために、中沢さんに会いに来たのだ。
「いやあ、まさか刑務所内からクチコミで来るか! って思いましたけどね(笑)」
と中沢さんは軽く笑った。
刑務所という場に入ったときにも、ふと思い出してしまう、それがニュクス薬局という場であり、中沢さんのひととなりなのだろう。
いや、刑務所という場にいるからこそ、「深夜薬局」の温かさが忘れられなくなったのかもしれない。夜の街よりも冷たいコンクリートの壁の中だからこそ……。
ちなみに、先に「別荘」を出たその男は、練馬のキャバクラで黒服をしている。
いまも新宿・花園神社のお祭りにはテキ屋として呼び出され、ニュクス薬局に顔を出すこともあるのだという。
「ちょっと行ってきます」と言って。
「別荘」でのクチコミが、あらたなファンをつくったのだ。
多重人格を告白するガールズバー店員
ガールズバーではたらく、明るくて元気な女性がいた。
処方箋を持ってきたり二日酔い防止の薬を買っていったりする、まあまあ常連の子。ただ、頻繁に妊娠検査薬を買っていくので、それが少し気になっていたという。
「まあ、咎めることでもないというか……、検査なんで、別にいいんですけど。
どうしたのかな、とは思ってました」
あるとき彼女が、わんわん泣きながら入ってきた。
中沢さんは驚き、
「とりあえず座ろう」
と、カウンターの前にある丸椅子に座らせた。
彼女はその夜、
「自分には別の人格がある」
とカミングアウトした。
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