はじめに
こんにちは、樋口直哉です。
ぼくはこんな風に文章を書いたり、料理をつくることを仕事にしています。noteにもレシピをたくさん残していますし、このcakesでも2018年からレシピ記事を書いてきました。
今ほど世の中にレシピが溢れている時代はありません。書店に行くとおびただしい数の料理本が並び、インターネットに投稿されるレシピは星の数ほど存在します。僕自身もレシピを書いていますが、そのなかですっきりしない部分を感じていました。
それはレシピには書ききれない食材や道具の扱いです。
例えばあなたが誰かに「砂糖を買ってきて」と頼まれ、スーパーマーケットに行ったとしましょう。砂糖売り場にはたくさんの種類の製品が並んでいます。「上白糖」「三温糖」「てんさい糖」「きび砂糖」「グラニュー糖」「スティックシュガー」……しかし「砂糖」という製品はないのです。棚に並んでいる製品にはそれぞれに長所と短所があり、用途も違いますが、なにを選んだらいいのか、という説明はありません。
道具も同じです。フライパン売り場に行くと、価格帯や材質など様々な製品が売られています。例えばフッ素樹脂加工+アルミニウム製のフライパンと、鉄製のフライパンでは調理方法が異なるので、フッ素樹脂加工を前提としたレシピに鉄のフライパンを使うと上手にできません。
この連載ではこうした『レシピには書ききれていない前提』を解説していきます。これを読めばスーパーマーケットで迷わなくていいですし、調理道具の選び方も理解できるはずです。
第一回のテーマは料理に欠かせない「塩」。専売制度といって国が塩の製造や販売を管理していた頃は選択肢は「食塩」しかありませんでしたが、1997年の自由化を契機に選択肢が一気に増えました。現在は「いい塩を使えば料理はおいしくなる」「料理によって塩を使いわけましょう」的な情報も増え、なにを選べばいいのかわかりにくい状況です。
普段使いの塩は、どれを選べばいい?
塩は製法的に海水からとる「海塩」と山から採る「岩塩」の2種類に大きく分かれ、食品栄養成分表的には「食塩」「精製塩」「並塩」の3種類に分かれます。食塩は塩化ナトリウム濃度が99%以上のもので、精製塩は99.5%以上を指し、一方の並塩は「あら塩」や「天然塩」などの名称で販売されている塩のこと。最近増えた高価な塩はこちらに分類されます。
塩を一つ買うとすればなにがいいのでしょうか?
ぼくのオススメは、ごくふつうの『食塩』です。どこにでも手に入る定番で、価格的にももっとも安いものです。
食塩は家庭用の小袋が(財)塩事業センターから発売されています。メリットは安価で溶けやすく、湿気を吸って塊になりづらいこと。似たものに赤い蓋の瓶に入った「食卓塩」という製品がありますが、そちらの塩には固まるのを防ぐために炭酸マグネシウムが添加されているため、水に溶かすと濁ることがあるので注意しましょう。一つだけ揃えるとしたらこのごくふつうの塩が一番なのです。
「いい塩を使わないとおいしい料理ができないのでは……」
そう心配になるかもしれませんが、実は煮物やスープなど溶かして使う料理であれば塩によって料理の味が変わることはありません。なぜなら塩の味に大きな影響を与えるのは〈形状〉だからです。
一般的に粒の大きい塩ほど口の中でゆっくりと溶けるのでまろやかに、粒が小さくて早く溶ける塩は強く感じます。しかし、煮物のように溶かして使うとその差はなくなるので安価な塩で充分という結論になります。
「いや、それでも塩化ナトリウム以外のミネラルが味に影響するのでは?」
そのとおりです。微量なミネラル分にも味はあり、例えば塩化マグネシウムや塩化カリウムには苦味があります。それらの成分は塩の結晶の内部ではなく外側に存在するので、直接口に入れると舌はまずそれらの味を感じます。それが塩味を打ち消すので、結果的にまろやかな印象になるのはたしかです。
しかし、溶かしてしまうとやはりその影響はなくなるので、味の差は少なくなります。さらに、料理によって味は複雑になるので、塩の違いがわかる人はあまりいないのです。様々な研究でも食塩と高価な塩のあいだに有意な差はないことがわかっています。
食塩をオススメするもうひとつの理由
しかし、実感として煮物やスープなどの溶かして使う料理に対しても〈食塩は塩辛く〉〈天然塩はまろやか〉という印象を持っている人もいるのではないでしょうか?
原因として考えられるのは、さきほども述べた粒の大きさの違いです。さらさらした塩としっとりとした微量成分の多い塩を同じ容量で比べると、前者は粒子間の隙間が少ない分、重くなります。そのため手でつまんだり、計量スプーンで計って同じように味をつければ、食塩が塩味が強くなるのは当然です。
こうした結果を受けて1999年以降、食品栄養成分表での表記も「食塩」は小さじ1=6g、「並塩」(天然塩・特殊製法塩)は小さじ1=5gが採用されています。(並塩は製品によって粒の大きさが異なるため、計って確かめる必要があります)
一般的な料理本や雑誌などのレシピに「塩」と表記があればそれは「食塩」を指します。レシピに大さじ1とあった場合、手元にあら塩しかないからと計ると3gもの誤差が出てしまうのです。これも食塩をオススメする理由の一つです。
「化学的につくられている食塩は身体に悪く、身体にいい天然塩のほうがいいのでは?」
食塩は海水をイオン膜という膜を通すことで濃い塩水を取り出し、それから蒸気釜で塩の結晶を取り出してつくります。一方、高価な塩は自然乾燥や平釜で煮詰めることでつくります。いずれにせよ、日本で販売されている塩はほぼすべて海水からつくられたもので、化学的な反応過程を経てつくられる塩はありません。そうしたこともあり、現在は公正取引委員会より「自然塩」「天然塩」およびそれに類する用語は使用できないことになりました。
高価な塩の使いどころ
高価な塩を使うことが無意味、というわけではありません。最初に述べたように「塩の形状」は味に決定的な違いをもたらすからです。料理の仕上げに「結晶の大きい塩」──例えばピラミッド型の結晶をした「マルドン シーソルト」など──を振るとサクサクとした食感で味にアクセントをつけてくれます。
塩には様々な種類があり、なかには特殊製法でつくられた塩化マグネシウム成分を3%程度含む個性的な塩(雪塩やぬちまーす)もあります。そうした塩であれば味の違いは明確に出てくるので(参考note「塩の味はみんな同じは本当か?」)こだわる方は試してみるのもいいでしょう。しかし、味が違う=「おいしい」ではありません。まずは基本の食塩の使い方をマスターしてからでも遅くはないでしょう。
塩は袋に入れたままだと使いづらいので、蓋ができる口の広い容器に移しておきます。塩梅(塩加減)は料理の基本。普段、料理をする時、いちいち塩の重さを計ったりはしないので、使う塩を決めておきましょう。そうすれば指で摘んだときの量が一定になるので、味付けが楽になります。
味見をするのも大事です。ただ、何度も味を見ていると舌が慣れてしまい判断がつかなくなるので、3回までに留めます。注意深く味見を繰り返し、バランスがとれた風味と調味を目指すことを習慣化すること。これもレシピには書いていない料理のコツです。
■今回ご紹介したアイテム
塩事業センター 食塩
ふつうの食塩は野菜やパスタを茹でるときにも気兼ねなくたっぷり使えます。
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マルドン シーソルト
粒の大きい塩は料理の仕上げに使います。マルドンソルトは焼いた肉や魚はもちろん食感がいいのでフルーツなどにもあいます。
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