深夜薬局

妻子あるお客さんの子を妊娠したキャバ嬢

新宿・歌舞伎町に夜間だけ営業している「ニュクス薬局」。人には言えない、相談もできない。そんな、いろいろな事情を抱えたひとびとが訪れています。ここへ何かを求めてやって来る人々と、薬剤師の中沢さんとの10の物語について。今回はその第1弾。ライターの福田智弘さんがくわしくお話しを伺いました。2月18日発売の『深夜薬局』より特別公開します。

妻子あるお客さんの子を妊娠したキャバ嬢

ある日中沢さんのもとにやってきたのは、既婚者のお客さんを本気で好きになってしまったキャバ嬢だった。「妊娠してしまった」と、中沢さんの前で顔を覆う。

きっと彼女は……「避妊してほしい」と言い出せなかったのだろう。大好きだからこそ受け入れてしまった。

でも、現実は残酷だった。妊娠を告げると、彼は、即、音信不通になってしまった。

名前は偽名。住所もわからない。彼女は、「わたし捨てられたんだ」と大泣きした。

「子ども、どうしよう……」と。

父親がいない子どもを産むのか? まだ……堕胎は可能な時期だった。中沢さんは、どうアドバイスしたのだろうか?

『産んだほうがいい』とも『産まないほうがいい』とも言わなかったですよ。
彼女もそのときはたぶん、結論は出ていなかったと思います」

ただ、その夜は長い時間、ふたりでいろいろ話した。明け方、幾分すっきりした顔で帰っていったものの、それから彼女は一切姿を見せなくなってしまったという。

しかし2年後、別の街でばったりと再会を果たす。横には、小さな男の子がいた。

向こうも中沢さんに気づき、「あっ、ニュクスの……」とはっとした顔をする。中沢さんが「元気?」と声をかけると、いい笑顔で、大きくうなずいた。それで中沢さんは、じゅうぶんだった。

「まあ、どんなに心配でもね、待つしかないんですよ」

中沢さんは、そう言う。いくら心配でも、手を差し伸べたくなっても、カウンターの外に出ることはない。連絡先を交換することは自分に禁じている。もちろん、来なくなったからといって、探しに行くわけにもいかない。

それに、基本的には「頼りがないのが元気の証」なのだ。
残念ながら、ニュクス薬局に来ていたお客さんが命を絶ってしまうこともごくたまにある。そういうときには、処方箋をたどって警察から連絡が来て、その死を知らされる。

だから音沙汰がないときは、少なくとも生きてはいるんじゃないか、と思えるのだ。この街を卒業したのか、元気になったのか、わからないけれど。

いずれにしても、「生きてさえいれば」だ。


ホストとバーテンダー、気の合うふたり

開局して間もないころ、しばしば店を訪れる若いカップルがいた。
男性はホスト、女性はバーテンダーという、気さくな美男美女だ。

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この連載について

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深夜薬局

福田智弘

新宿・歌舞伎町。このネオン街の一角に、小さな薬局があります。「ニュクス薬局」。営業時間は夜8時から翌朝9時まで。薬剤師はたった一人。訪れるのは、親からの虐待を告白する多重人格の女性やコロナ禍で生活苦を訴える風俗嬢、「眠れない」とあせる...もっと読む

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letmegohome0208 やっぱり逃げる男ばっかやな😡|福田智弘|深夜薬局 https://t.co/CyqzQhs40Y 24日前 replyretweetfavorite

ShoProBooks 新宿・歌舞伎町。このネオン街に、夜20時から営業する薬局があります。ここを訪れるお客さんと、たった一人の薬剤師との物語。今回は、「」のエピソード。cakesにて好評連載中! #深夜薬局 https://t.co/tGNPSMpKPQ 25日前 replyretweetfavorite