わかる日本書紀

映画村で有名な太秦(うずまさ)は元々「禹豆麻佐」【第21代⑯】

ややこしい日本書紀をわかりやすく紹介した書籍『わかる日本書紀』シリーズ第3巻から、日本の正史を学ぶ連載。今回は第21代、雄略天皇の御代のお話。

秦民(はだのたみ)と漢部(あやべ)、土師連(はじのむらじ)

雄略十五年、秦民は、秦造(はだのみやつこ)の管理下になく、臣連(おみむらじ)らに分散され、好きなように酷使されていました。天皇に仕える秦造サケノキミ(酒公)は、それをたいそう気に病んでいました。
天皇はサケノキミを寵愛し、秦民を集めてサケノキミに与えるよう命じました。サケノキミは、百八十あまりの村を率いることになりました。麻布、絹糸、絹織物を献上して、朝廷に積み上げました。それで姓を与えて、禹豆麻佐(うずまさ)※1といいます。

十六年七月、桑に適した国県(くにあがた)に、桑を植えさせました。また、秦民を移して、麻布や絹織物を献上させました。
十月、漢部(あやべ)を集めて、その伴造者(とものみやつこ)を決めて姓を与え、直(あたい)といいました。

十七年三月二日、土師連(はじのむらじ)らに命じて、朝夕の食事を盛る清らかな器を作る者を、献上するように言いました。
そこで、土師連の祖・アケ(吾笥)は、摂津国(つのくに)の来狭狭村(くささのむら)、山背国(やましろのくに)の内村(うちのむら)※2俯見村(ふしみのむら)※3、伊勢国の藤形村(ふじかたのむら)※4と丹波(たにわ)、但馬(たじま)、因幡(いなば)の私有の部民※5を奉りました。
名付けて贄土師部(にえのはじべ)※6といいます。

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わかる日本書紀

村田右富実 /つだゆみ /村上ナッツ

『日本書紀』は神代から第41代持統天皇の時代までを扱った日本最古の歴史書です。しかし本文は漢文、全30巻と長く読解は難しいため、正史ながら読んだことのある人はほぼいません。そこで、劇作家が書くわかりやすい文章と、親しみやすいキャラクタ...もっと読む

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