一故人

山崎豊子—取材相手に「泣かれる」ほどの創作への執念

今回の「一故人」は、山崎豊子を取り上げます。『白い巨塔』『不毛地帯』『大地の子』『運命の人』……社会派の大作を世に送り出した、この作家の歩みや創作スタイルについて、ライターの近藤正高さんが論じます。ご一読ください。

新聞記者から小説2作目で直木賞作家に

『白い巨塔』『華麗なる一族』など、社会小説とも呼ばれる長編小説を数々著した山崎豊子(2013年9月29日没、88歳)は、作品ごとに徹底した調査を行なう“取材魔”として知られた。

小説家の取材にはさまざまなスタイルがある。たとえば山崎は、自分の新聞記者時代の上司でもある井上靖について、ある批評家が「足で書く作家」と評したことに、《井上さんは頭のなかで、ものをつくり上げてしまって、確認にいっておられるんです。だから、足で書くなどといわれたら、腹のなかで、苦笑いしておられることだろう》と反論している(「事実は小説よりも奇なり」、『小説ほど面白いものはない』所収)。

当の山崎は、構想を練ってから取材に出かけるところは井上と同じだったとはいえ、“確認”するだけではとても収まらなかった。構想をふくらませるため、小説の連載を始めてからも何度となく取材を繰り返している。

“取材魔”山崎豊子の原点は、先に触れた新聞記者時代に求められる。本来は教員志望で、新聞記者になるつもりはまったくなかった山崎だが、戦争で教員となる道を閉ざされてしまう。入学した京都女子専門学校(現・京都女子大学)ではほとんど授業はなく、勤労動員で弾磨きをさせられる日々を送り、幼い頃より好きだった読書の自由すらなかった。学校を卒業してどこにも就職しなければ、引き続き軍需工場で働かなければならない。山崎が毎日新聞大阪本社に入ったのは、それがいやだったからである。

山崎にとって大きかったのは、1945年の終戦前、調査部から異動した学芸部で、副部長を務めていた前出の井上靖と出会ったことだった。井上は、新聞記者としては筆の遅い彼女の資質を見抜いてか、企画ものの調査記事をよく命じたという。じっくり調べて書くという、後年にいたるまで貫かれた山崎のスタイルはこの時期に培われたものだ。

井上はやがて『闘牛』で芥川賞を受賞したのを機に退社する。その際、山崎は井上から「自分の生い立ちと家のことを書けば、誰だって一生に一度は書ける」と小説執筆を勧められた。それがきっかけで、昆布商の父親や祖父をモデルに小説を書き始める。その処女作『暖簾』は完成までに7年をかけ、1957年に出版にこぎつけた。『暖簾』は出版されるや、森繁久彌主演で舞台化、さらに映画化されるなど好評を博した。

続けて『中央公論』で、吉本興業の創業者・吉本せいをモデルにした『花のれん』を連載、これが1958年上半期の直木賞に選ばれる。本人はまさか2作目にして受賞するとは思わず、選考会当日もいつもどおり勤務していたが、途端に取材される側となった。このとき井上靖から「直木賞受賞おめでとう/橋は焼かれた」との言葉を贈られ、会社をやめ作家として生きていく覚悟を決める。

その後の『ぼんち』(1960年)なども含め初期作品の大半は、生まれ育った大阪・船場を舞台にしていたが、船場の老舗商家の熾烈な遺産相続争いを描いた『女系家族』(1963年)あたりを境に、山崎の興味は組織内における人間ドラマへと移っていく。『白い巨塔』(連載期間は1963~68年)では大学病院、『華麗なる一族』(同1970~72年)では銀行、『不毛地帯』(同1973~78年)では商社と、いずれも取材に困難のともなう組織を題材にした作品を立て続けに発表し、多くの読者を獲得、映画やテレビドラマと繰り返し映像化もされた。

山崎自身は、組織になじめない人間だったといえる。文壇というものがまだ厳然と存在していた時代にあって、作家同士のつきあいに背を向け、また《小説などというものは急がされて、ねじハチ巻きでぎりぎり書くものではない》(「植林小説」、『大阪づくし 私の産声』所収)との考えから、「半年勉強して、半年書く」一年一作を貫いたのも異例だった。このスタイルが認められるまでは地獄だったという。

山崎の文壇への不信感は、1968年に『花宴』をめぐり持ちあがった「部分盗用」問題によって拍車がかかったのかもしれない。このとき山崎は連載誌上で陳謝し、日本文芸家協会を一時退会している(翌年復帰)。退会を受けて、文芸家協会の会長の丹羽文雄が《協会としては、山崎氏が今後筆を断つことが望ましいが、それは本人次第だ。これで文壇的生命は一応終ったと考えられる》とコメントしたほか(『朝日新聞』1968年3月28日付夕刊)、ほかの作家からも批判というより罵詈雑言に近い言葉を浴びせかけられた。

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一故人

近藤正高

ライターの近藤正高さんが、鬼籍に入られた方を取り上げ、その業績、人柄、そして知られざるエピソードなどを綴る連載です。故人の足跡を知る一助として、じっくりお読みいただければ幸いです。

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コメント

motoji_etoile 盗作疑惑あろうと私も 約5年前 replyretweetfavorite

huckleberry2008 小説を書こうという執念には、何か独特のものがありますね。 約5年前 replyretweetfavorite

donkou ケイクス連載、更新されております。きょう一日は無料でお読みいただけます。 約5年前 replyretweetfavorite

Hotakasugi 人間を書くというのは、本当に大変なことなんあですよね。- 約5年前 replyretweetfavorite