​棍棒持って殴り込み

【第18話】
古典作品をボーイズラブ化した大好評シリーズ『BL古典セレクション』待望の新連載!「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』を、作家・町田康が自身初のBL作品として、圧倒的な鮮やかさをもって現代に蘇らせる。月一回更新。

 小富を監禁する六、七日前、次郎長が或る人と喧嘩をして大怪我をさせた。

(なぜそんなことになったのか。それはもうひとり別の共通の男性の知人を巡ってのことなのだがそれは話の本筋と関係ないので今は略す)

 話し合いの結果、次郎長が見舞金を出すことで決着がつき、間に入った親戚の小父さんがこれを持って行こうとした。そのとき次郎長が言った。

「ちょっと待ってくんねぇ」

 親戚の小父さんが言った。

「なんだい」

「その金はあっしが持って行きやしょう」

「ホウ、そりゃまたどういう訳だい」

「あっしゃねぇ、今度のことはあっしが悪いと思っておりやすよ。だから直《じか》に会って謝りてえ、金も直に渡してぇんですよ」

「そりゃいい心がけだ。じゃあ、そうしねぇ」

「ありがとうござんす」

 そう言ってキチンとした装《なり》に着替え、用意の見舞い金を持って出ていこうとした次郎長に小父さんが玄関先で声を掛けた。

「御前が手に持っているそりゃなんだ」

「小父さん、これ知りませんか。これは雨傘でごぜぇやすよ」

「雨傘くらい私も知ってる。なんで雨傘なんか持ってくんだ。こんなに晴れてるじゃねぇか」

「へえ、けンど、帰りには降るかも知れません」

「そうかなあ」

「まあ、用心にゃ越したことありません。あっしゃあ、なんだか降るような気がいたしやす」

「そうか。じゃあ、持って行けよ」

 そう言って次郎長、日が射すなか、雨傘をぶら提げて喧嘩相手の家に出掛けていった。

 既に仲人から話がいっていて、今日、次郎長方が詫び金を持って来ることは伝わっている。だから、

「ええ、こんちは」

「ああ、次郎さんか」

「怪我人さんはどちらで」

「奥で寝ているよ。まあ、お上がりください」

 つえば尋常の挨拶、けれども次郎長はそうせず、裏に回って障子に穴を開けてなかの様子を窺った。

 そうしたところ、六畳の間の真ん中に布団が敷いてあって、そこに体中を包帯でグルグル巻きにされた喧嘩相手が寝て、ウンウン唸っている。

 隣には医者、それから家の者が取り囲んで、心配そうにこれを眺めている。

 これをみて次郎長は、へっ、と笑い、

「役者やのー」

 と呟くと、裏の戸をガラッと開け、病人が寝ている座敷へ雨傘を持ったままズカズカ上がり込み、

「畜生奴《め》。この期に及んでまだ芝居をするか。手前《てめぇ》が大怪我したって聞いたとき、おらあ、おかしいな、と思ったんだ。確かにおりゃあ手前を斬った。斬ったにゃあ斬ったが、そんなに斬ってねぇ。手応えでわかるが、かすった程度の、ほんのひっかき傷なはずだ。それがなんだ、体中に包帯を巻きゃあがって、いまにも死にそうにウンウン唸りゃあがるが、てめぇ、そりゃ嘘だ。大方、周りに、そりゃあ次郎長が悪い、と思わせて、頭を下げさせよう、詫び金を出させよう、ってぇことだろうが、そうは問屋がおろさねぇ。そんなに死にてぇのなら、この次郎長が、今、みんなの見ている前で冥途に送ってやるから、さっさとくたばりやがれこの死に損いっ」

 と喝叫して、雨傘のなかから取り出したのは二尺二寸の長脇差、鞘を払って振りあげると、怪我人をグッと睨み付けた。

 そう初手から相手を疑っていた次郎長は雨傘の中に脇差を隠して家に出たのである。

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BL古典セレクション 東海遊侠伝 次郎長一代記

町田康

古典作品をボーイズラブ化した大好評シリーズ『BL古典セレクション』待望の新連載!「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』を、作家・町田康が自身初のBL作品として...もっと読む

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