夫丸たちを死の危険に晒さらすことはできません」|第四章 五 六 七

織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国の領主となった加藤清正のもとに仕官を願い出る。父が残した城取りの秘伝書と己の才知を駆使し、清正の無理な命令に応え続ける藤九郎──。戦乱の世に翻弄されながらも、次から次に持ちあがる難題に立ち向かう藤九郎は、日本一の城を築くことができるのか。

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 五月、清正の母の伊都が死去し、梅雨空の下、盛大な葬儀が執り行われた。

 藤九郎ら普請作事方も、雨がそぼ降る中、葬儀に参列した。

 今年の梅雨は例年になく雨量が多く、体調を崩す者が続出していた。そのため清正は、「具合の悪い者は葬儀へ参列しなくてもよい」という布告まで出すほどだった。

 それでも参列した藤九郎は、作事小屋に戻ると手拭てぬぐいで体に付いた雨滴を拭った。

 ──さすがに疲れたな。

 何日も雨が続く中、藤九郎は飛び回っていた。しかし過労からか体は重く、疲れが取れにくい。

 ──又四郎はどうした。

 一瞬、そう思ったが、川の付け替え普請の手伝いで送り出したのを思い出した。

 ──物忘れがひどくなったな。

 あまりに多くの仕事が山積しており、藤九郎のえた頭も回りにくくなっていた。

「とりあえず落ち着こう」と思い、湯を沸かして薬湯を喫した。そのまま少し休んでいると、活力が体に満ちてきた。

 新たに書いた勘録や「日取立て」を眺めていると、「ご無礼仕ります」と言いながら、北川作兵衛がやってきた。

「新しい勘録を見ました」

 作兵衛の顔は冴えない。

「書き直した勘録は、明日にも殿に差し出す。何かあったら今日のうちに言ってくれ」

「やはり、新たな算木積みを試させてはいただけないのですね」

 作兵衛が落胆をあらわにする。

「天下に災厄が迫っている。此度こたびは従来通りの『重ね積み』でやってくれ」

「それは致し方なきことですが、小天守も付けないのですか」

 本来の計画は、大天守に小天守を接続させるというものだった。

「その通りだ。もはや小天守を造る時間的余裕はない」

「では、大天守だけを載せる石垣を『重ね積み』で造るということですね」

「そういうことになる」

「しかも、石の切り出しを始めてから二月ふたつき半という短い間に積まねばならないのですね」

「ああ、そうだ」

 藤九郎がため息をつく。源内にしても佐之助にしても作兵衛と変わらず、自らの担当範囲でしか物事を考えてくれない。

「われらはそれでも構いませんが、急普請の天守台の上に、これだけ大きな天守を載せるのです。果たして『重ね積み』で支えられるかどうか」

 藤九郎は天守を望楼型にするつもりだった。それは新旧の勘録共に変わらない。だがそれ以前は、工期短縮を図るなら層塔型天守も検討せねばならないと思っていた。

 望楼型とは、入母屋いりもや造りの屋根の上から望楼が生えてきているような天守建築で、下側の建物の屋根と望楼部分の接合部が複雑な構造となる。少しでも材木にずれやゆがみが生じると、強度に問題が出てくる。

 一方、層塔型は、規則的に下階の上に上階を重ねていく日本古来の五重塔建築を手本としたもので、強度面での問題が生じにくい。また構造は単純なので、部材も規格化できる上、工期も短縮できる。おまけに作業に携わる人員も少なくて済む。

「層塔型天守であれば、望楼型天守を築くよりはるかに容易でしょう。しかし問題は天守台です」

「分かっている。天守台の上面を正確な矩形くけいにしないと、層塔型天守は築けないと言いたいんだろう」

「その通りです。今の天守台構築技術と此度の短い工期では、どうしても上面が台形や不等辺四角形になってしまいます」

「だから層塔型ではなく望楼型天守を築くのだ」

「それは分かります。望楼型なら下部の建築物、すなわち入母屋造りの底面が真四角でなくても、その屋根部分で調整ができるので、上に載せる望楼の基部を正方形に保てるわけですね」

 藤九郎がうなずく。

「しかし、そのためには極めて細かい調整が必要になります。天守台の形に合わせて個別の尺を使うことになるので、部材に隙間ができる公算が高まります。部材一つにわずかな隙間があるだけで、本来想定した強度が出せません。しかも天守ができ上がってからでないと、調整はできないことになります」

「それも分かっている」

 台形や不等辺四角形の建築物に強度を出すのはたいへんだ。しかも上に望楼部分が載るとなると、その荷重が下側の入母屋部分に掛かってくる。その荷重を歪んだ下部が均等に引き受けるのは困難で、急ごしらえでは何年か経つと強度面で不安が生じてくる。つまり大風や地震の際、どれだけ耐えられるか分からないのだ。

「しかも天守台ができ上がってからでないと、柱の数はもとより、梁や棟の正確な長さが決められません」

 ──さすがだな。

 作兵衛は城について熟知していた。

「では、どうしたらいいと思う」

「私は石垣を専らとしているので、上物は詳しくありませんが、どこかに答はあるはずです」

「その答を見つける時間さえないのだ」

 藤九郎が嘆いた時だった。又四郎が駆け込んできた。

「藤九郎さん、たいへんだ!」

 又四郎は全身ずぶれの上、肩で息をしている。

「どうした!」

「川水の力で江丸が崩れ、数人の夫丸が流された!」

「何だと──」

 ここで又四郎が言っている江丸は、恒久的なものではなく、川を屈曲させるために一時的に築いた水越みずこしと呼ばれる乗越堤のことだ。乗越堤は壊す時のことを考えて頑丈には造っていない。

「場所はどこだ!」

蓮台寺れんだいじ平田ひらたの間です」

 ──やはりあそこか。

 藤九郎のいる隈本城下から、一里ほど南に下ったところだ。

 白川は大河川で水量が多いので、梅雨に流路を付け替える普請などやりたくなかった。しかし城を年内に完成させるとなると、すぐにでも白川を南流から西流に変えなければならない。

 ──勘録を変更した影響が、もう出たのか!

 勘録や「日取立て」は季節も勘案して作られている。それを覆すと、様々なものに皺寄しわよせが生じてくる。

 藤九郎は絵図面の山の中から蓮台寺と平田周辺の詳細図面を見つけ出すと、それを筒に入れて懐にねじ込んだ。

「又四郎、馬を借りるぞ」

「はい。お気をつけて」

かさをかぶり、みのを羽織った藤九郎は、又四郎の乗ってきた馬にまたがり、一路蓮台寺を目指した。

 雨の中、馬を飛ばして蓮台寺に駆けつけると、すでに多くの人々が右往左往していた。

「お頭だ。お頭がやってきたぞ!」

 誰かの声が響き渡り、皆が藤九郎に注目する。

「藤九郎さん、こちらです!」

 蓮台寺の講堂から出てきた源内が中へ招き入れようとする。だが藤九郎は、一刻も早く現場に行きたかった。

「まずは崩れた水越に行こう」

「見に行ったところで、もはや手の施しようもありません」

「とにかく行ってみよう」

 二人が雨の中を駆け出すと、多くの者たちが後に続いた。

 河畔が見えてきたところで源内が言う。

「水越が崩れそうになったので、何人か出して補強普請をやらせていたのですが──」

「その最中に水越が崩れたのだな」

「目撃した者によると突然、水越が崩れて水が溢れ出し、何人かがのみ込まれました。大半はどこかにつかまり、難を逃れたのですが、三人だけ白川の本流に落ちてしまいました」

「それで、見つからないのか」

 源内がうなずく。

「はい。瞬く間に頭が没し──」

 現場に着いたが、水越は大きく崩れ、激流が渦巻いていた。

 ──これでは打つ手がない。

 河川の付け替えや流路変更は、たいへんな危険が伴う。そのため万全の注意を払ってきたつもりだが、それでも犠牲者を出してしまった。

 ──うっ、どうしたんだ。

 その時、藤九郎は突然めまいがして倒れそうになった。

「藤九郎さん、どうかしましたか!」と言いつつ、源内が支える。

「心配要らん。少し立ちくらみがしただけだ」

 そう言いながら、額に手を当てると熱を持っている。

 ──このくらいなんだ。しっかりしろ!

 藤九郎は己を叱咤しつたした。

「下流には縄を渡してあったのだな」

 川幅が狭くなる何カ所かに、万が一に備え、流された者が摑まるための縄を渡していた。かつて又四郎が流された時の教訓を生かしたのだ。

「はい。渡してありましたが、見に行かせた者からは、誰かが掛かっているという報告はありませんでした」

 誰も口にしないが、三人は瞬時に逆巻く激流にのみ込まれ、水死したに違いない。

「仕方ない。遺族には手厚く報いよう。それで──」

 藤九郎は頭を切り替えた。

「この水越の復旧には、どれくらい掛かる」

「この雨ですから」

「どういうことだ」

 源内が思い切るように言う。

「雨がやんで水量が減ってからでないと、夫丸たちを出せません」

「それでは、いつになるか分からないではないか!」

 藤九郎はつい怒鳴ってしまった。

「残念ながら、この有様ではどうしようもありません」

「待て」と言いつつ、藤九郎が絵図面を広げる。

「小舟をつなげて隔壁を増やしていき、それを土砂で支え──」

無茶むちやを言わないで下さい」

「無茶ではない!そうしないと殿のご要望に添えなくなるのだ」

「だからと言って、夫丸たちを死の危険にさらすことはできません」

 源内はかたくなだった。

「では、いつまでも流路を変えられないではないか。ということは、城の堀に水が入れられないことになる!」

「死人が出ているんです。わしが『行け』と言っても、夫丸たちは行きません」

「何を言っておる。無理にでも行かせろ!」

 その時、背後から怒声が聞こえた。

「藤九郎さん、それは間違っている!」

「誰だ!」

 雨の中、笠もかぶらずに立っているのは又四郎だった。

「そなたは──、そなたはわしが間違っていると申すのか!」

「はい。源内さんが正しい」

 藤九郎は振り向くと又四郎の前に立った。

「何だと!」

「二人ともやめて下さい」と言いながら、源内が間に入ろうとしたが、又四郎が決然と言った。

「源内さん、下がっていてくれ。これは義兄あに上とわしの話だ」

 源内とその配下の者たちが、少し離れた場所まで下がる。

「お前は、わしの邪魔をしたいのか!」

「そうではない。正気に戻ってほしいのだ」

「わしは正気だ!」

 藤九郎が怒りに任せて又四郎の胸倉を摑む。

「こんな雨の中、夫丸を川に追い立てるなど、正気の沙汰さたではない!」

 又四郎の顔には幾筋もの雨滴が流れ、目を開けていられないほどだ。

「では、殿の意向はどうする。それを踏みにじるわけにはまいらぬ」

「殿が──」

 又四郎は大きく息を吸うと言った。

「夫丸を殺してまで、『普請を続けろ』と仰せになるわけがない!」

 藤九郎が言葉に詰まる。

 ──又四郎の言う通りだ。殿は何よりも配下の者を大切にする。

「義兄上、しっかりしてくれ!」

「わしは──、わしは何を考えているんだ」

「分かってくれれば、それでよいのです」

 又四郎の顔から流れ落ちているのは、雨滴だけではなかった。

「わしは、大切な夫丸たちを死に追い立てようとしたのか」

 その場にくずおれそうになる藤九郎を、又四郎が支える。だが藤九郎はめまいをこらえきれず、その場に片膝をついた。

「義兄上、どうしましたか!」

 源内たちも走り寄ってきた。

「心配は要らん。少し休めばよくなる」

「あっ」

 藤九郎の額に手を当てた又四郎が驚く。

「すごい熱ではないか!」

「何でもない」

「こんなところにいてはだめだ」

 又四郎が藤九郎に肩を貸すと、源内も一方の肩を支えた。

 豪雨の中、一行は蓮台寺へと急いだ。

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もっこすの城 熊本築城始末

伊東潤

藤九郎、わしと一緒に日本一の城を築いてみないか――。 織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国領主加藤清正のもとに仕官を願...もっと読む

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