最善を尽くした者は、どのような運命も受け容れられます」|第四章 一 二

織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国の領主となった加藤清正のもとに仕官を願い出る。父が残した城取りの秘伝書と己の才知を駆使し、清正の無理な命令に応え続ける藤九郎──。戦乱の世に翻弄されながらも、次から次に持ちあがる難題に立ち向かう藤九郎は、日本一の城を築くことができるのか。

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 豊臣秀吉の老耄ろうもうによって引き起こされた文禄・慶長の役は、諸大名の勢力均衡の上に成り立っていた豊臣政権の屋台骨を揺るがすほどの衝撃をもたらした。しかも何ら得るものなく撤兵という事態になり、渡海させられた諸大名は財政的に大きな痛手をこうむった。

 慶長三年(一五九八)十一月に朝鮮半島からの撤兵は完了したものの、豊臣家は、加藤清正、細川忠興、蜂須賀家政、福島正則、藤堂高虎、黒田長政、浅野幸長ら武断派と、石田三成ら奉行衆、毛利輝元、宇喜多秀家、上杉景勝、佐竹義宣さたけよしのぶを中心とする吏僚派(文治派)に分裂し、一触即発の危機を迎えていた。

 双方の対立を利用して勢力の拡大を図ろうとしていたのが、諸大名中最大の二百五十五万石の版図はんとを持つ徳川家康だった。家康は武断派に近づき、勝手に子弟の縁談を進めるなどして、早くも秀吉の遺訓に反することをやり始めた。

 それでも秀吉はその生前、自らの死後、家康が勃興ぼつこうしてくることを見越し、その歯止めを様々に用意していた。その最たるものが諸大名中第二位の領国を有する前田利家だった。しかし利家が翌慶長四年(一五九九)うるう三月に死去することで、その歯止めもなくなった。

 利家死去の夜、武断派七将は石田三成の弾劾を求めて伏見まで押し寄せ、三成を追い込んだ。この時は家康の仲裁によって事なきを得たが、三成は隠居させられ、政治の表舞台から姿を消した。

 この仲裁によって天下の信望を一身に集めた家康は、同年四月、伏見城西ノ丸へと移る。

 続いて家康は「太閤殿下の遺命」と称し、淀殿を自らの正室に迎え入れようとする。これに秀頼側近の大野治長おおのはるながが強く反発し、一時は淀殿を連れて高野山こうやさんに逃れようとさえした。

 こうした一連の事態に、清正は危機感を抱いていた。家康を抑えないと豊臣政権が瓦解がかいすると思った清正は、親しい大名たちとひそかに盟約を結んだ。これが前田利長、細川忠興、黒田長政、浅野長政・幸長父子、伊達政宗だてまさむねと交わした反家康同盟である。だが最大勢力の毛利輝元の同意が得られず、同盟は具体的な行動を見せる前に自然消滅した。

 こうしたことから、清正は次善の策として、万が一の場合に備え、秀頼を庇護ひごする城を造ることにした。


 慶長四年九月、図面を抱えた藤九郎は一人、茶臼山に登った。すでに五十回ほど登ったと思うが、鍬入くわいれの儀を翌日に控え、最後の検分をしようと思ったのだ。

 茶臼山の落葉樹は、これが最後となるのが分かっているかのように紅葉していた。その色彩の奔流の中を歩いて山頂に着くと、先客がいた。

 その男は一人、紅葉に彩られた隈本の町を眺めていた。それが誰かは、その広い肩幅と大きな頭からすぐに分かった。

「これは金宦殿ではありませんか。何を眺めておられる」

 その男は敵意をあらわにした顔を向けてきたが、藤九郎のことを思い出したのか、すぐに柔和なものに変わった。

「木村殿でしたか。故国ではお世話になりました」

「こちらこそ。もうこの国には慣れましたか」

「ええ、何とか」

 しかしその顔には戸惑いの色が表れていた。

「今日はどうしたのですか」

「紅葉の樹林にかれ、つい山頂まで来てしまいました」

「そうでしたか。こうした光景は、故国で見られないのですか」

「はい。朝鮮国は禿げた山ばかりなのです」

 朝鮮半島には禿山はげやまが多かった。長い歴史の中で伐採が続き、植樹してこなかったためにそうなったのだが、藤九郎たちが半島で城を造った際にも、建築用木材に事欠くことが多くて難渋した。

「金宦殿は、随分と和言葉が上手になりましたね」

「ええ、こちらで生きることを決意した時から、懸命に学びました。今では和言葉で書かれたものも、読めるようになりました」

「それはすごい。上達が早いですね」

 金宦は本人の意思にかかわらず「附逆」とされ、朝鮮国にいられなくなった。むろんその原因は日本軍の侵攻にあったのだが、そうした運命を受けれ、この国で懸命に生きようとしていた。

「殿からは二百石ものろくももらい、今は算用方で働いています」

「それはよかった」

「私は故国を侵略した日本が憎い。しかし殿のご恩は忘れません。終わったことは終わったこととして、過去を忘れて前を見ていきたいのです」

 その胸中を推し量るすべはないが、故国を捨てることが金宦の意にそぐわなかったのは明らかだ。それでも金宦は過去を振り捨て、新たな道を歩もうとしている。

 ──わしも、いつまでも過去にこだわっているわけにはいかない。

 藤九郎は、かけがえのない弟と父の秘伝書を同時に失った。それが一度は自信の喪失につながったが、ようやく気持ちの立て直しが図れてきた。

「立派な心掛けです」

「いいえ。私などは嘉兵衛殿に比べればたいした者ではありません」

「そんなことはありませんが、嘉兵衛殿は己の運命さだめを受け容れた。それは何よりも立派なことです」

 藤九郎の脳裏に、嘉兵衛の笑顔が浮かぶ。

 金宦が問う。

「日本人は『サダメ』という言葉をよく使いますね」

「はい。日本人は何事にも最善を尽くします。それでも避けられない運命に出遭ってしまえば、従容としてそれを受け容れます」

 金宦が首をかしげて問う。

「ショウヨウとしてとは──」

「慌てたり騒いだりせず、ゆったりと心を落ち着け、何事でも受け容れる心構えのことです」

「それが、自分の意にそぐわないことでもですか」

「はい。最善を尽くした者は、どのような運命も受け容れられます」

 金宦の顔に笑みが浮かぶ。

「従容として、か。私の国にはない言葉です」

「日本だけにある言葉なのかもしれません」

 二人の間に沈黙が訪れる。狭い海を隔てているだけだが、文化的にも精神性の面でも、両国の間には大きな隔たりがあった。

 金宦が話題を転じる。

「この地に、大きな城を築くと聞きました」

「はい。殿の言いつけで日本一の城を築くつもりです」

「そうですか。城はいい」

「それは、どういういいですか」

「城はそこから動かない」

 金宦の言っている意味が、藤九郎には分からない。

「はい。城は動きませんが──」

「城は守るためのものであり、攻めるためのものではありません。どんなに強い城を築いても、他国に攻め入ることはできない」

「そうです。城は人を守るためのものであり、攻めるためのものではありません。世の静謐せいひつを保つために、われら城取りは城を築くのです」

「それは、とてもよいことです。われらの国の為政者たちは国内の党派争いに明け暮れ、海の外からの侵略者に目を向けなかった。つまり備えを怠ったのです」

 金宦にとって自国を蹂躙じゆうりんした日本は憎い。だが他国からの侵略を念頭に置かなかった支配層たちへの怒りも大きかった。

「金宦殿、われらはもう他国へは攻め入りません。この国が静謐であれば、それでよいのです。わが殿も貴国から唐土に攻め入ることに、当初は何の疑問も抱いていませんでした。逆に両班ヤンバン階級の支配から民を救うという大義を掲げていました」

 李氏朝鮮国には支配階層の両班、医師や教師といった知識階層の良民、そして売買の対象とされていた奴婢ぬひの三階層があった。しかも全国民の六割が奴婢で、その怨嗟えんさの声は海を渡って日本にまで聞こえてきていた。豊臣勢は奴婢層を味方に付けるべく解放者を装い、侵攻当初は奴婢階層の歓迎を受けるほどだった。

「それが空しいことだと、殿は気づいたのですね」

「そうです。殿は誰にも負けない武人であろうとしました。しかし貴国に行って気づいたのです。『人を殺すことが武人の仕事ではない。人を守ることが武人の仕事だ』と」

「殿はそう言ったのですね。いち早く、それに気づいていれば、あれほど悲惨なことは避けられたのですが──」

 その言葉には、万感の思いがもっていた。

「だからこそ恒久の静謐のために、この城を築くのです。金宦殿のお力も、ぜひ貸して下さい」

「もちろんです。算用方として力を尽くすつもりです」

「ありがとうございます」

 藤九郎は深く頭を下げた。

「では、これで──」と言って去りかけた金宦が振り向く。

「私は築城についてよく分かりませんが、かつて仕事で各地の朝鮮の城には行ったことがあります。こちらとあちらの城の造り方は根本から違うので、お役に立てるかどうかは分かりませんが、何か困ったことがあったら言って下さい」

「かたじけない」

 藤九郎は金宦の思いやりに言葉もなかった。

 本来なら日本人は、憎みても余りある侵略者なのだ。にもかかわらず憎悪の感情を捨て去り、この国のために尽くそうという金宦の気持ちに、藤九郎は打たれた。

 ──過去に拘泥こうでいせず、前だけを見つめる。これがまことの男だ。

 藤九郎も金宦を見習おうと思った。

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もっこすの城 熊本築城始末

伊東潤

藤九郎、わしと一緒に日本一の城を築いてみないか――。 織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国領主加藤清正のもとに仕官を願...もっと読む

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