城取りは、城と命運を共にせねばならぬ」|第三章 一 二

織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国の領主となった加藤清正のもとに仕官を願い出る。父が残した城取りの秘伝書と己の才知を駆使し、清正の無理な命令に応え続ける藤九郎──。戦乱の世に翻弄されながらも、次から次に持ちあがる難題に立ち向かう藤九郎は、日本一の城を築くことができるのか。

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 慶長三年(一五九八)十二月、隈本百貫石の沖合にいかりが下ろされると、群がるように伝馬船てんませんが押し寄せ、武士たちを乗せていく。

 差配役から「普請作事方はあの船に乗れ」と指示されたので、藤九郎は配下の者たちと一緒に指定された伝馬船に乗った。

 船がおかに近づくと、港に人があふれているのが見えてきた。

「おーい、帰ってきたぞ!」

「わしじゃ、わしじゃ!」

 船上にいる者たちは、口々に何かをわめいては港に群がる人々に手を振っている。

 藤九郎も人の頭の間から群がる人々を見たが、距離があるので顔など判別できない。

 その時、隣にいた藤十郎が「あっ」と声を上げた。

「兄者、あれを見ろ」

「えっ、どこだ」

 藤十郎の指差す方を見た藤九郎は、あんぐりと口を開けた。

 そこにはのぼりが掲げられ、風に揺れていた。

「まさか『日之本一之城取』、と書いてあるのか」

「ああ、どうやらそのようだ。つまり兄者のことだぞ!」

 その幟は上下に激しく揺れている。幟の竹竿たけざおを持つ者が飛び跳ねているらしい。

「ということは──」

 二人が声をそろえる。

「又四郎か!」

 桟橋が近づくと、先ほどまで豆粒ほどにしか見えなかった人々の顔が、次第にはっきりしてきた。

 伝馬船が桟橋に着けられ、最初の一歩を踏み出すと、感激が押し寄せてきた。

 ──ここは日本なのだな。

 人垣の向こうには、緑溢れる山々が見えている。それは半島で見慣れた禿山はげやまとは明らかに違う。

「兄者、あの幟はやはりそうだ!」

 藤十郎が人をかき分け、幟の方に向かっていく。藤九郎もそれに続いた。

 すでに前後左右では、悲喜こもごもの人間模様が渦巻いていた。というのも足軽小者は書簡を出すことを許されていないので、誰が帰国できて誰が帰国できないかは、事前には分からない。すなわち身分が低い者の縁者は、港で夫や息子の安否を確かめるしかないのだ。

 妻子との再会に歓喜している者もいれば、親兄弟や妻子の姿を捜す者もいる。

 人垣の向こうで「又四郎、ここだ。ここにおるぞ!」という藤十郎の声が聞こえた。

 藤九郎が人垣をかき分けて進んでいくと、藤十郎が又四郎を肩車している。又四郎は満面に笑みを浮かべ、先ほどの幟を振っている。

 藤十郎がおどけて言う。

「おっ、『日之本一之城取』が参ったぞ」

「あっ、義兄あに上!」

「又四郎、出迎え大儀」

 その時、又四郎たちの向こう側に、嫁のたつと妹の里の姿が見えた。

「たつ、里、帰ったぞ」

 二人が目頭を押さえながら近づいてくる。釜山から「無事」を伝える書簡を出していたので、二人は落ち着いていたが、実際に藤九郎の姿を見て安堵あんどしたのだろう。手を取り合って泣いている。

 藤九郎の前に立ったたつが、腰を折って挨拶あいさつする。

「お帰りなさいませ」

「ああ、帰ってきた。わしは帰ってきたぞ!」

 肥後国の山野に向かって、藤九郎は大声で帰還を告げた。


 その後、隈本城下の家に戻ると、近所の人々が歓呼をもって迎えてくれた。藤九郎が普請作事に辣腕らつわんを振るったことが、家中にも知れわたっていたのだ。

 その一方、すべての船が着いたことで、自分の身内が帰らないと分かった人々の家は、ひっそりと静まり返っていた。加藤家中からは、「正式な通達があるまで待て」と言われているが、個々の消息は明らかだった。

 隈本城下は、見事なまでに明暗が分かれていた。

 そのため木村家では祝い酒を控えめにし、静かな夕餉ゆうげとなった。

 そこにやってきたのは、かつて一緒に仕事をした源内と佐之助だった。二人は朝鮮に渡ることなく、国内の街道の整備などに携わっていたという。

 この時、二人から北川作兵衛が亡くなったと聞いた。名護屋城の普請作事以来、作兵衛の体調は優れず、寝たり起きたりの生活だったという。半島に渡る際に挨拶に行ったが、少し見ぬ間に作兵衛は衰弱しており、「もう長くはない」と思ったことを覚えている。ただ作兵衛には十代後半になる息子がおり、同じく作兵衛を名乗って跡を継ぐことになったという。

 祝いに駆けつけた知人たちが帰り、身内だけになった時、藤九郎が「義父ちち上のもとに挨拶に行かねば」と言うと、たつと又四郎が寂しげな顔で、弥五郎の様子を教えてくれた。

 それによると弥五郎は半年ほど前に体調を崩し、床から起き上がれなくなっているという。

 清正から新たな仕事を言いつけられる前に、藤九郎は木葉このは村に行こうと思った。


 木葉村に向かう前に、藤九郎には、どうしても行っておきたい場所があった。

 加藤清正の入部以前は農家が点在するだけだった隈本城下に、清正は商工業者を集めようとしていた。そのため坪井つぼい川と白川の間に碁盤の目のような町を造る計画があった。それが後に細工さいく町、米屋こめや町、紺屋こうや町、呉服ごふく町、魚屋うおや町、塩屋しおや町といった業種ごとに整理された町になっていく。

 一方、武家屋敷は塩屋町から後に新町しんまちと呼ばれる一帯に広がっていた。その一角に下級武士を集住させた長屋がある。長屋といっても、一つの区画が七十坪ほどある庭付きの一軒家だ。

 通りすがりの人に聞きつつ、ようやく場所を探り当てると、頰かむりをした女性が一人、大掃除をしていた。それを手伝っているらしき少年が藤九郎の方を指差し、女性に何か言っている。

「ご無礼つかまつります」

「あっ、どちら様ですか」

 そのあどけなさの残る女性は、いまだ二十代前半のように思われた。

 藤九郎が名乗る。

「あなた様が木村藤九郎様ですね。夫からよく話を聞いておりました」

「これまでご挨拶に来られず、申し訳ありませんでした」

 藤九郎が深く頭を下げる。

「今日は夫のことでしょうか」

 藤九郎がうなずくと、女性は家の中に通してくれた。

「散らかっていて申し訳ありません。お役人様から嘉兵衛の死が正式に伝えられ、この家も明日には空けねばならないのです」

 厳しい措置かもしれないが、こうした長屋は、主人が死ぬと立ち退かねばならない。

「そうでしたか。それで掃除を──」

「はい。それが次に入られる方への礼儀ですから」

 ──嘉兵衛殿は、ここに住んでいたのか。

 それを思うと感慨深いものがある。

「こちらが息子の勘一郎かんいちろうです」

「息子さんがいることは、嘉兵衛殿から聞いていました。こんなに大きくなったのですね」

「はい。もう七つになります」

「佐屋勘一郎と申します」

 少年は威儀を正して一礼した。

「そうか。嘉兵衛殿もよき息子さんを持たれたな」

「ありがとうございます。この子が生まれたばかりの頃、嘉兵衛が渡海してしまったので、この子は嘉兵衛のことを覚えていないんです」

「そうでしたか。でも嘉兵衛殿によう似ている」

 勘一郎は嘉兵衛同様、目鼻立ちがはっきりし、いかにも聡明そうめいそうだ。

「それで藤九郎様は、嘉兵衛の最期をご存じなのですか。上役の和田様からはどこで死んだのか、どうして死んだのかなど、何も教えていただけないんです」

「今日は、そのことで参りました。実は和田様から、嘉兵衛殿のことを伝えるよう仰せつかっております」

「そうだったんですね」

「まずはこれを──」

 藤九郎が嘉兵衛から預かった書簡を渡す。

「これは嘉兵衛の──」

 そこに書かれた文字を追いながら、嘉兵衛の妻の顔色が変わる。

「嘉兵衛は──、嘉兵衛は生きているんですね」

 その言葉に、傍らでかしこまっていた少年も身を乗り出した。

「はい。その通りです」

 藤九郎が顚末てんまつを話すと、嘉兵衛の妻のひとみから大粒の涙がこぼれた。

「どうして──、どうして帰ってこなかったのですか」

「嘉兵衛殿には矜持きようじがあります。たとえ殿が赦免したとはいえ、一度でも味方を裏切ったことが許せなかったんでしょう」

「でも、私たちがいるのに──」

「嘉兵衛殿も断腸の思いだったはず」

 嘉兵衛の妻が嗚咽おえつこらえながら言う。

「しかもここには、『お前はまだ若い。どこぞの家に再嫁し、新たな果報(幸せ)を見つけてくれ』と書かれています」

「そうでしたか」

 ──もう戻るつもりはないのだな。

 嘉兵衛の決意が堅固なのは間違いない。たとえ気が変わっても、国交が断たれた状態の両国間に船便はなく、もはや帰ってきたくとも帰ってこられない。

「これも運命さだめなのでしょうか。それではあまりに──」

 嘉兵衛の妻がその場に突っ伏す。その背を勘一郎と名乗った少年がさすっている。

 その悲痛な姿に、藤九郎は慰めの言葉一つ掛けられなかった。

「悲しい話をしてしまい、おびいたします。ただ嘉兵衛殿から『生きていることを伝えてくれ』と頼まれたので、ここまで足を運びました」

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もっこすの城 熊本築城始末

伊東潤

藤九郎、わしと一緒に日本一の城を築いてみないか――。 織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国領主加藤清正のもとに仕官を願...もっと読む

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NigerTigris 読んで涙が出そうになる(職場なのでこらえた)ことはそれほどない。歴史がリアルに立ち上がってくる。 6ヶ月前 replyretweetfavorite