おなじみ『居酒屋サッカー論』が書籍になりました!
連載スタートからコンフェデレーションズカップまでの18本の原稿を収録し、さらに4本のスペシャル対談を新規に加えました。その対談の相手は、オシム元日本代表監督の通訳を務めた千田善氏、野球ライターとして活躍中の菊田康彦氏、日本代表サポーターのちょんまげ隊長ツンさん、そして女性ファン代表として2人の大学生、というバラエティーに富んだラインナップになっています。
サッカーをより深い視点で楽しみたい方、ワールドカップに向けてザックジャパンをより深く知りたい方、今までの連載で読み逃した回がある方、ぜひ、この機会にお求めください!
それでは今回の居酒屋サッカー論、題材はセルビア戦とベラルーシ戦のレビューの続きです。
本田が言う「新しいザックジャパンのスタイル」とは何か?
ベラルーシ戦の後、すぐに空港に向かうために一人だけスーツに着替えた本田圭佑のインタビューがスタジアム内で行われた。彼に対し、メディアに許された質問は4つ。その内訳はテレビが2つ、新聞やその他の記者が2つ。短い時間の中で本田はザックジャパンの現在地を簡潔に説明している。前回はそのコメントを載せた。
曰く、今、ザックジャパンはブラジルのワールドカップ本番で披露するための新しいスタイルを築いている最中であると。そして、2011年のアジアカップで優勝したときと同じサッカーをやるつもりはない、と。
特に目新しい話ではない。アジアカップ以降の代表戦の内容から、すでにわかっていたことではあるが、ここまでハッキリと公の場で言い切ったのは今回が初めてのような気がする。おそらく、あえて説明するようなことではないが、ネガティブな雰囲気を少しでも和らげるために、多少の釈明が必要と感じたのではないだろうか。
今回の居酒屋サッカー論は、この『本田宣言』をベースにしたい。
本田が言う「新しいザックジャパンのスタイル」と「アジアカップで優勝したサッカー」とは何か?
そこには、いかにもサッカーらしい現象というか、個と組織をうまく融合しきれない、もどかしいギャップが存在している。それこそがザックジャパンが迷い込んだ長いトンネル、『停滞』の正体だろう。
なぜ、ザックジャパンは停滞しているのか。どうすればトンネルから抜け出すことができるのか。今回はザックジャパン停滞の『七不思議』について、具体的に取り上げていきたい。
「アジアカップで優勝したサッカー」とは何か?
まずは過去を簡単に振り返っておこう。すなわち、「アジアカップで優勝したサッカー」とは何か?
やはりポイントになるのは、左からのサイド攻撃だ。左サイドハーフには香川真司、それを追い越す左サイドバックの長友佑都、さらに長友が空けたスペースを後ろからサポートして縦パスの出し手になる遠藤保仁、そしてトップ下から左サイドに寄ってポストプレーを行う本田圭佑。攻撃的な4人の選手がそれぞれの長所を絡ませながら突破する。
このとき、反対側の右サイドハーフ、岡崎慎司は中央へ入って行き、1トップの前田遼一と共に、左サイドからのクロスに備える。フォーメーションの形は4-2-3-1だが、最終的には前田と岡崎は2トップに近い形になる。
左からサイド突破して、クロスを右で決める。もちろん今も重要な攻撃パターンの一つではあるが、特に初期のザックジャパンには、このような形が多く見られた。たとえばアジアカップ準決勝の韓国戦の前半に決めた前田遼一のヘディング、オーストラリア戦の李忠成のボレーシュートなど、左サイドを突破してクロスを供給する形から重要なゴールが生まれている。
それは2011年1月のことだ。ザック就任から日も浅かったチームにとっては、バリエーションが豊富とはいえないが、明確なストロングポイントや形を作ったことは、あの時点ではベストの戦術だったのかもしれない。
それから2年半の月日が流れ、新たなキーワードが持ち上がり始めた。アジアカップの頃には、たとえ本田が不在の試合でも積極的には試そうとしなかった、香川をトップ下に置くシステム。これを徐々にスタメンから使用する回数が増えた。そして『中央突破』というねらいが強く出るチームへと変化していく。
アジアで優勝するチームではなく、ワールドカップで優勝するチームの全体像を考えたとき、やはり日本人の特性を生かすというメインテーマを外すわけにはいかない。それは2006年にオシムさんが提唱した「日本サッカーの日本化」から引き継がれているバトンでもある。
サイドアタックとクロスを主体とした日本人チームが、果たして世界の舞台で勝ち進めるのか? 答えは否ではないかと思う。同様のスタイルなら、もっと向いている国が他にもあるはず。狭いスペースでの俊敏性、テクニックという日本人選手の特徴を考えれば、『中央突破』というキーワードが持ち上がるのは極めて自然とも言える。
そもそもディフェンス戦術が拙いアジアでは、中東諸国に代表されるようにクロスに対してあっさりとボールウォッチャーになってマークを外すような場面が多く、日本のサイドアタックが『利く』側面もあった。
しかし、ワールドカップに出るような国に対してはそう簡単にはいかない。それはセルビア戦でも思い知らされた。厳しいマークを受けた香川がボールを自由に受け取ることができず、苦しみ、普段ならばそれを助けてくれるはずの長友佑都にも、相手サイドハーフのドゥサン・バスタがマンツーマンで下がってマーク。そのままディフェンスラインに吸収され、5バック気味になっても迷わずマークを続ける。ドゥサン・バスタは本来、サイドバックでプレーする選手だ。セルビアはあえて守備的な選手を一列前のサイドハーフに置くことで、守備の人数を意図的に左に偏らせ、日本の左サイドを窒息させた。
親善試合だからもっとフワッと試合に入ってくるかと思いきや、セルビアは日本をリスペクトして試合に臨んできた。コンフェデレーションズカップで見られたザックジャパンの特徴をしっかりと研究したのだろう。
日本はなんとかクロスにつなげても、フリーで突破して蹴るシーン自体が少ないので、タイミングやコースが読まれやすく、なおかつセルビアが誇る屈強なセンターバック、イヴァノビッチとナスタシッチの壁を破ることができない。
このセルビア戦を見て改めて感じたが、やはり左からのサイド攻撃というストロングポイントだけ、つまり2011年アジアカップのサッカーのままでは世界で戦えない。中央突破、あるいは右サイドの上積みを図り、引き出しを増やさなければ、ディフェンス戦術に長けた世界のチームに守備の的を絞らせてしまう。バリエーションを作ること、それを臨機応援に使い分けることの重要性。このような課題はザックジャパンのほぼすべての選手が口にしている。
ただ、この『バリエーションを作る』というキーワード。そこには魔物が潜んでいるように僕は感じている。これをザックジャパン停滞の七不思議、ひとつめのポイントに挙げたい。