つまり、わしの身代わりだ」|第二章 十三 十四

織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国の領主となった加藤清正のもとに仕官を願い出る。父が残した城取りの秘伝書と己の才知を駆使し、清正の無理な命令に応え続ける藤九郎──。戦乱の世に翻弄されながらも、次から次に持ちあがる難題に立ち向かう藤九郎は、日本一の城を築くことができるのか。

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十三

 翌日から城を築く地を探すべく、藤九郎は藤十郎たちを引き連れて旅に出た。

 清正の配慮で、護衛として和田勝兵衛の手勢百余を付けてくれた。あまりに厳重な警固なので減らしてもらおうとすると、勝兵衛は「これでも少ないぐらいだ」と言って険しい顔をした。それほど陣の外は危険なのだ。

 藤九郎たちは手を尽くして海沿いの地を探したが、清正の望みにかなう地は、なかなか見つからない。致し方なく海沿いの地から少し内陸でも、大河に面した地を探すことにした。

 選地のために十日ほど費やし、ようやく清正の条件を満たす地が見つかった。城に適した小丘のある西生里ソセンリという地だ。

 河畔近くに小高い山があり、山から八百メートルほど東に下ると、海岸線が広がっている。そこまで城を築くことはできなくても、川を使って迅速に海に出られる。

 だが問題もあった。

「兄者、石をどこから運ぶ」

「もちろん城の近くで、石の産地を探さねばならぬ」

 石垣城を築く場合、近くに石の産地がないと、遠隔地から石を運ばねばならない。

「石は何とかするとしても、海までは遠すぎるぞ」

「この城の北東を流れる大河までは、さほどの距離でもない。そこに舟入を設ければ、海沿いに造るよりも風波を防げる」

 本丸想定地の小丘の五百メートルほど北東を、回夜江フエヤガンと呼ばれる川が東流していた。つまり西生里は、岬状の半島が回夜江に突き出ている形をしていた。

 四神相応の地相からすると、東は水の神の青龍にあたり、縁起のいい方角だ。こうした些細なことも、敵地で心細くなっている兵たちにとって心の支えとなる。

「兄者、いずれにしろ河畔まで城域に取り込むとなると、本丸から舟入まで、かなりの距離になるぞ。しかも相当の幅を取るので、城域は自然大きくなる」

 藤十郎の言うことは理に適っている。

「ほかに適地はないのだ。ここに築くしかあるまい」

 藤九郎とて西生里が理想的な地とは思えない。だが近くに、これ以上の適地が見つからないのだ。しかも早急に決定しないことには、厳しい工期を強いられる。

「わしは縄張りを考える。そなたは石の取れる地を探してくれ」

 ──いったん決断を下したら、何事も迅速に進めるべし、か。藤九郎は秘伝書に書かれた言葉を思い出していた。人には常に迷いがある。いったん決断しても何らかの障害に突き当たると、後戻りしたくなる。そうならないために、「引き返せないところまで突っ走れ」と父は言いたいのだ。

 早速、藤九郎は縄張りの策定作業に入った。五月から経始が始まるので、実際の築城作業は六月からとしても、寒気が訪れる十一月には、人が入れるだけの城を完成させておかねばならない。

 まず重要なのは、築城に際しての作業量だ。これが分からないと、どれだけの数の夫丸が必要で、いかなる作業に従事させるかがはっきりしない。

 だが、そうしたことも縄張り次第となる。

 百三十メートルほどの山頂部分を本丸にするのはもちろんだが、そうなると東西約三百五十メートル、南北約二百五十メートルの城域を取らざるを得ず、広さは優に二万五千坪となる。名護屋城は五万千五百坪で、工期は約六カ月掛かったが、名護屋城は天下普請なので、夫丸はふんだんに供給してもらえた。

 ──ところが、ここは違うのだ。

 西生里では二万五千坪の敷地の城を加藤家だけで築かねばならず、比高百二十メートル余の高さになる本丸から、比高五メートルにすぎない最下段の曲輪との間には、距離と高低差がありすぎる。

 ──つまり類を見ない縄張りとなる。

 藤九郎は幾度となく別の地を探そうかと思った。だが、その度に秘伝書の言葉を思い出した。

 ──いったん決めたら突っ走るのだ。

 数日後、清正が現地視察に訪れた。

 三宅角左衛門から一通りの説明を聞いた清正は、本丸予定地に拝跪する藤九郎たちに目を留めると言った。

「ここにしよう」

「お待ち下さい」

 藤九郎がこの地の問題点を述べる。

「だが、この地なら理想的な舟入ができる。ここからなら容易に海に出て、いずこの城にも後詰に向かえる。ほかに、そうしたことのできる適地がないとしたら、ここに城を築くしかあるまい」

 回夜江の上流まで見て回ったが、ここのような岬状の突出がある地はなかった。

「しかし、かように広い城が必要でしょうか」

「ああ、必要だ。この地に太閤殿下をお迎えするやもしれぬからな」

 藤九郎は愕然とした。

「それは真ですか」

「うむ。殿下は半島に渡られるつもりだ。その時、最初に上陸するのは釜山で、そこの小丘上に今、毛利輝元てるもと殿が城を築いている。だが、ここに比べたら手狭だ。おそらく殿下は、もっと広い城に移りたいと言い出す。その時、近くに大城があれば、殿下は喜ぶ」

 清正は秀吉との長い付き合いから、その気持ちを察するのにけている。確かに西生里は釜山から十五里(約六十キロメートル)ほど北にあたるが、再度の漢城侵攻作戦が始まれば、本拠とするには理想的だ。

「この地に城を築け。夫丸は何とかする」

 清正の命令は絶対だ。

「では、本丸域、城全体を囲繞いにようする城壁、そして舟入周辺の普請を優先いたします。その他の曲輪は削平するのが精いっぱいとなりますが、それでもよろしいでしょうか」

「まずは兵が入れられればよい。本曲輪以外は、年が明けてから普請作事を行うことにしよう。とにかく堅固な城壁を築き、兵たちが安んじて眠れる城にするのだ」

「分かりました。全力で事に当たります」

「うむ。頼りにしておるぞ」

 そう言うと清正は背後に回り、自ら着ていた陣羽織を脱いで藤九郎の肩に掛けた。

「こ、これは──」

「普請作事の最中、わしは常にこの地に来られるわけではない。この陣羽織をわしだと思い、そなたの小屋の衣文えもん掛けに掛けておけ。城が完成した時、この陣羽織をそなたに下賜する」

「それは真で──」

「ああ、こうしたものは、本来であれば功を挙げた時に下賜するものだが、当面、そなたに預ける形にする。つまり、わしの身代わりだ」

 そう言うと、清正は笑みを浮かべて去っていった。

 その後ろ姿を見つめつつ、藤九郎は責任の重さを痛感した。

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もっこすの城 熊本築城始末

伊東潤

藤九郎、わしと一緒に日本一の城を築いてみないか――。 織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国領主加藤清正のもとに仕官を願...もっと読む

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