どこまでも定食屋に残酷なコロナと、取材の現実【コラム】

地元民から愛される絶品メニューがある。キャベツがぱりっと新鮮。漬け物はできる限り自家製。安い。女ひとりもOK。5条件を満たす定食屋を『東京の台所』の著者・大平一枝(おおだいらかずえ)が訪ね歩く。儲けはあるのか? 激安チェーン店が席巻するなか、なぜ地価の高い都会で頑張るのか? 絶滅危惧寸前の過酷な飲食業態、定食屋店主の踏ん張る心の内と支える客との物語。コロナ禍において定食の店を取材する意味を綴る。

堪えた取材キャンセル

 定食屋店主から、取材当日『体調がよくないが、延期は可能か』というメールが届いたことがある。編集者、カメラマン、私の3人は、当日朝、メール1本で仕事が飛んだ経験がないので慌てふためいた。電話をかけても出ない。
 ふだんなら、体調が悪そうなら前日にでも1本連絡が欲しかったと思っただろう。だが今年は違う。ひとりで営んでいて、この時勢だ。よほど切羽詰まっているに違いないと、無事を祈った。

 この時期に、外食産業を取材することにはたくさんのリスクがある。ましてや、相手は個人や家族経営の定食屋である。

 カンニング竹山さんをはじめたくさんの著名人、スポーツ選手に愛された神宮外苑の「水明亭」は、オリンピックによる立ち退きで、泣く泣く56年掲げていたのれんを下げた。おかみさんは「従業員もいますし、できるだけ早くまた別の場所を探してきっと、復活してみせます」と力強く語っていたが、その後、コロナの禍が列島に降りかかり、復活の知らせは聞いていない。

 今さら言っても仕方ないが、オリンピックが延期になるならもう1年できたのに。いやしかし、ご自身も高齢だったから、体のためにはこれがよかったのか……。東京のどこかで今もご無事でおられることを祈るのみだ。

 生姜焼きに大きなチキンカツ2枚がどんと突き刺さった『スタミナ野郎丼』が人気の「キッチン男の台所」は、取材が2月。翌々月の緊急事態宣言後は、飲食スペースをすっぱり閉じ、テイクアウト専門店に切り替えた。

 どんな産業もそうだが、とりわけ定食屋にとって2020年は厳しかった。ひとりで切り盛りしていたあの店は? 高齢の姉弟で営んでいたあそこの店は? と、取材した店の心配を数えたらきりがない。

 だから突然の取材キャンセルは、揺れる定食屋の“いま”を表しているようで、ひどく堪(こた)えた。

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台所の数だけ、人生がある。お勝手から見えてきた、50人の食と日常をめぐる物語。

東京の台所

大平 一枝
平凡社
2015-03-20

この連載について

初回を読む
そこに定食屋があるかぎり。

大平一枝

絶滅危惧種ともいわれながら、今もなおも人々の心と胃袋をつかみ、満たしてくれる「定食屋」。安価でボリュームがあり、おいしく栄養があって…。そこに定食屋があるかぎり、人は店を目指し、ご飯をほおばる。家庭の味とは一線を画したクオリティーに、...もっと読む

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コメント

ymkkym つらいね。 11ヶ月前 replyretweetfavorite

ikkie_airhead この連載で紹介されているお店はどこもすごくおいしそう。落ち着いたら必ず行こう。 11ヶ月前 replyretweetfavorite

gldskbl |大平一枝 @kazueoodaira |そこに定食屋があるかぎり。 https://t.co/AGL98Y5Lbn 11ヶ月前 replyretweetfavorite