初めてわたしがその家に足を踏み入れたのは、それからひと月後のことだった。
何重ものセキュリティチェックを受け、汚染物質が体表に付着していないか確認され、殺菌処理をこれでもかと施されてわたしはGFDタワーの中に入った。
気が遠くなるほど長い間エレベーターに乗り、やがてたどり着いたのは、タワーの最上階にある超豪華邸宅だった。
すごく変な場所だった。これまで見たことがない、という意味で。
屋敷のあちこちには、大量の植物が植えられていた。エントランス・ホールは様々な種類の草木で埋め尽くされ、中央には浅い水の流れるベルトがある。おばあが教えてくれた、紫の花弁をフサフサと垂らしたジャカランダの木も何本も立っている。木々の間には、宙をひらひらと舞う小さな生き物が見える。あれ、きっと『蝶』だ。
何より奇妙に感じたのは、その木々の間を縫うようにして置かれている、巨大な人間の裸体の彫刻たちだった。
「古代ギリシャのものだよ」
彫刻を見上げるわたしに、この家の主である男は言った。H/T社のCEOだ。
「見たまえ、この力強さを。……このころの作品が1番、人体の美しさを表現できていると思うんだ。この生き生きと弾むような曲線、神々しい陰影を生み出す凹凸は、どんな科学技術を駆使したところで再現はできないね」
男は隣に立ち、わたしを見下ろしながら言った。驚くほど背が高く、胸や二の腕の筋肉がこんもりとスーツの布を押し上げていた。年齢は30ぐらいだろうか。肌も歯も光り輝いている。こんな人間を、今までわたしは1度も見たことがなかった。もっとも、彼の身体が生まれつきのものかどうかは不明だ。生まれてから死ぬまで、同じ身体で生き続ける人間の方が少ない。
「生身の肉体が持つ美しさは、他の何にも代え難いものだよ。そう思わないかね」
「……はぁ」
「君は16歳だったね」男は意味ありげな目線をわたしに向けた。「妹と同い年だ──来なさい」
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