──それほど大局とは大切なのだ。|もっこすの城 熊本築城始末

熊本城に生涯を賭した築城家の一代記、感涙必至の戦国ロマン! 織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国の領主 加藤清正のもとに仕官を願い出る。父が残した城取りの秘伝書と己の才知を駆使し、清正の無理な命令に応え続ける藤九郎──。次から次に持ちあがる難題に立ち向かう藤九郎は、日本一の城を築くことができるのか。

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 小西行長の天草志岐城攻めは膠着こうちやく状態に陥っていたが、加藤清正率いる加藤家主力勢が加わることで、寄手全体の士気はいやが上にも高まってきた。

 清正と共に愛宕あたごやまに着いた藤九郎は、清正の本陣造りに精を出していた。

 陣所は総大将が起居する場所なので、雨露がしのげることは最低条件で、敵の奇襲攻撃があった場合でも、十分な抗堪力こうたんりよくを発揮できるようにせねばならない。

 だが少ない人数で一日から二日で造り上げねばならないとなると、簡易なものとせねばならない。

 清正に先駆けて山頂に着いた藤九郎は、地元の民から愛宕山の詳細を聞き出して絵図にすると、清正の起居する場所を決め、その周囲に急造の柵列さくれつを張りめぐらせた。日数があれば堀をうがち、その土で土塁を盛り上げるのだが、在陣が極めて短い期間と想定される今回の場合、これで精いっぱいだ。

 続いて、飯田覚兵衛や森本儀太夫といった宿老の陣所造りも行わねばならない。大身の宿老は、清正の周囲に独立した陣所を築くのが常だからだ。

 藤九郎はここぞという場所を指定し、傾いていれば斜面を削平させ、快適に在陣できるようにした。人は少しでも傾いた場所だと極端に疲労するので、とにかく平地にすることを心掛けた。

 藤九郎のもとに、「今夜遅く小西行長一行が来るので、談議のできる陣所を築け」という知らせが入ったのは、すでに日も落ちた頃だった。

 藤九郎は走り回って夫丸たちに指示を出し、何とか談議のできる場所を設営した。

 そのため行長一行がやってくる頃には、へとへとになっていた。


篝火かがりびが風にあおられて激しく揺れる中、二人の男は儀礼的な挨拶を交わしただけで押し黙った。

 パチパチと火花が弾ける音だけが、藤九郎の拝跪はいきする陣所の端まで聞こえてくる。

 藤九郎は、ひやひやしながら事の成り行きを見守っていた。

 しばらく沈黙が続いた後、それに耐えかねたのか、久留子クルスの家紋の入った純白の陣羽織を着た行長が口を開いた。

「加藤殿、なぜ何の知らせもなく来たのか」

「後詰勢を頼んだのは、小西殿の方ではないか」

「いや、貴殿に来てほしいとは一言も言っておらぬ。配下の将を一人でも送ってくれれば、それで十分だったのだ」

 行長が苦々しい顔で言う。

「わしが、わしの兵を率いてきて何が悪い」

「では聞くが、貴殿は殿下のお許しを得たのか」

「はははは」

 清正が大笑する。

「なぜ笑う。無礼な!」

「殿下は一刻も早い鎮定を望んでおられる。そのためには、前線の将が臨機応変に動くのは当然ではないか」

「またしても抜け駆けの功名を挙げ、殿下の事後承諾を得ようというのだな。豊臣家の大名掟では、万石以上の大名が兵を率いて他国に出征する場合、殿下の認可を得ねばならぬことになっておる。それを知らぬ貴殿ではあるまい。だいいち貴殿とわしがそろって国を空けては、その間に本国で何があるか分からぬ。不用心ではないか」

「では、聞くが──」

 清正が鉄扇てつせんで盾机を叩く。

 盾机とは、いくつかの盾を合わせて臨時の会議机としたもののことだ。

「もしも討伐をしくじれば、貴殿はどうなる。佐々殿の二の舞ではないか」

「何を言うか。あんな小城、われらだけで明日にも落としてみせよう。手出しは無用だ!」

「それは違う!」

 雷鳴のような怒声が、静まり返った本陣に響き渡る。

「もはや、われらは一騎駆けではない。今のわれらは、関白殿下から所領を預けられておる豊臣家の大名だ。天下を静謐せいひつに保つためには、皆で力を合わせて逆賊を平らげねばならぬ。それが高所に立つ者の考えだ。仮に逆の立場、すなわち──」

 清正が再び鉄扇を叩きつける。

「貴殿がわが後詰に来られたら、わしはその手を取り、言葉を尽くして礼を述べたであろう」

「何を言うか。この戦はわが領内で起こったものだ。形ばかりに後詰勢の派遣を要請したのは、大名掟に従ったまでだ。それも推し量れずに貴殿自ら来られるとは迷惑千万せんばん

「では、わしに帰れと言うのか」

 行長が言葉に詰まる。

 もしも清正を帰してしまい、討伐に手間取れば、秀吉から改易か減封げんぽうを申し渡されるのは間違いない。一方の清正も、行長と言い争って帰ってしまえば、何らかの処罰が下される。

「小西殿、今は力を合わせるべきではないか」

 しばし唇をんでいた行長が、ため息をつきつつ言った。

「分かった。貴殿の言うことにも一理ある。だが先手は、われらが受け持たせてもらう」

「いいだろう。だが、いかなる策を考えておるのだ」

 ようやく議題に入ったので、周囲に緊張が解けたかのような空気が漂う。

 行長は絵図の説明を始めた。

「ここが志岐城だ。この周囲にわれらは兵を配している。貴殿が陣をいておるのはここだ」

 行長が絵図の一点を馬鞭ばべんで示す。そこには愛宕山と書かれていた。

「ここからは、志岐城が一望の下に見渡せる」

 清正が胸を張る。

「そうだ。だが敵は、愛宕山と川を隔てた向かいの山に木山弾正きやまだんじよう率いる天草勢三百を、さらに志岐城の近くの山に天草主水もんど率いる七百の兵を入れ、われらが動けば側背を突く構えを取っている」

「なぜ、かように優位な位置にある山を先に押さえなかったのだ」

「夜陰に紛れて兵を入れられたのだ。だいいち敵は当初、和談に応じる姿勢を見せており、そのまま城を開くと思ったのだ」

「甘い!」

 清正の声音が空気を引き裂く。

「敵をだますのは兵法の常道だ。和談すると見せかけて貴殿を油断させ、その隙に後詰勢を都合よき場所に入れる。貴殿はその手に、まんまと乗せられたのだ」

「致し方ないことだ。敵はこの辺りの地勢をよく知っている。一方、こちらは何も知らぬ」

「今更、言い訳してどうなる。とにかく次善の策を練らねばならぬ」

「そんなことは分かっている!」

 行長が虚勢を張る。

「では、どうなされる」

「まずは城に攻め掛かると見せかけ、天草主水勢を攻める。貴殿は木山弾正勢を牽制けんせいしてくれ」

 清正が考え込む。

 ──決して悪い策ではない。

 おそらく、行長の宿老の誰かが考えたのだろう。志岐城を落とすことではなく、まず孤立させることに狙いを定めているのは、行長とその幕僚の賢さを証明している。

「そうだな。城攻めに先んじて、周囲の敵勢を掃討するに越したことはない」

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もっこすの城 熊本築城始末

伊東潤

藤九郎、わしと一緒に日本一の城を築いてみないか――。 織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国領主加藤清正のもとに仕官を願...もっと読む

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