私のような負け馬に、岩崎さんは出資なさると仰せか」|素志貫徹(三)1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。青年期から最晩年まで、「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、令和版大隈像をお楽しみください。


 明治十六年(一八八三)になった。

 正月の挨拶で雉子橋にやってきたのは、岩崎弥太郎だった。

「大隈さん、政党の結成と学校の設立おめでとうございます」

 面談の約束を取ってきた時、大隈が「土産は要らん」と釘を刺しておいたにもかかわらず、岩崎は多くの祝いの品を運んできた。

「ありがとうございます。だがあの時に危惧していたように、やはり政府から弾き出されてしまいました」

「ああ、前回の面談の話ですね。もうそれは気になさらず」

「それにしても、政府には岩崎さんも煮え湯を飲まされているようですね」

「そうなんです」

 岩崎がうなずく。

 明治十五年七月、渋沢栄一らの尽力により、政府肝煎りの海運会社である共同運輸会社が設立された。その背後には政府の品川弥二郎と井上馨がおり、さらにスポンサーには三井がいた。その資本金は類を見ない六百万円で、その四十三パーセントにあたる二百六十万円を政府が出資したので、政府の御用会社と言ってもよかった。

 岩崎が渋い顔で続ける。

「共同運輸の設立趣意書には、政府が出資する代わりに戦時や非常の際に政府に船舶を供用せねばならないと書かれています。そのため社長には元海軍少将、副社長には元海軍大佐が就いていますが、実際に経営しているのは渋沢氏です。しかも外国支配人には、顧問から三井物産社員となったアーウィンがいますから、アメリカとの関係も良好です」

 ロバート・W・アーウィンは、とくにハワイとの関係が深く、三菱のハワイ航路に狙いを定めてきているのは明らかだった。

 岩崎が渋い顔で続ける。

「政府が出資した建前は『有事における軍事共用』ですが、じゃ、平時はどうするのかというと、うちと同じ旅客輸送と海運業で会社を運営していくというんです。うちは有事に協力しないなんて言っていませんし、現に台湾出兵では、顧客を切り捨てて政府に協力したんです。その実績を無視して、あんまりじゃないですか」

 岩崎は明らかに愚痴っぽくなっていた。

「それで、もう共同運輸会社は営業を開始しているんですよね」

「ええ、今年の一月から汽船五隻、帆船二十二隻という規模で始めました。今はうちの半分ほどの規模ですが、急速に追いついてくるに違いありません」

「困ったもんですね」

 大隈が他人事のように言ったので、岩崎が苦笑いする。

「まあ、大隈さんには、もうかかわりのない話ですがね」

「残念だが、私は下野し、政府に何の影響力も持っていません」

 これまで下野した政府要人は、主な者だけでも江藤新平、前原一誠、西郷隆盛、後藤象二郎、板垣退助らがいる。もちろん今は亡き木戸、また伊藤や井上も一時的に官を辞したことはあるが、大隈のように失脚した者はいない。

 下野の仕方も様々だが、江藤、前原、西郷は政府に全く影響力を残さなかった、つまりパイプ役を残さなかったので、すぐに政府と断絶状態となり、軍事蜂起となった時、仲裁する者が政府内にいなかった。

 その一方、前原を除く長州閥や土佐閥は、政府内に親派を残してきたので、復帰も可能だった。

 大隈の場合、下野というより辞任させられたので、政府内に何ら影響力を残せなかった。唯一、大木喬任が仲介役としているくらいだが、大木自身がかつてほど閣内に影響力を持っておらず、大隈が反政府主義者とされても、役に立たないのは明らかだった。

「大隈さんも、ここに籠もっていることが多くなったようですね」

「よく、知っていますね。私は立憲改進党の総裁になりましたが、政治集会で演説したり、支持者獲得のために地方遊説したり、新聞の取材を受けたりしていません」

「板垣さんとは対照的ですね」

 自由党総裁の板垣退助は地方遊説をさかんに行い、支持者や後援者を獲得していた。だが演説会を盛り上げるためには、過激な反政府的発言をせざるを得ず、どこかで暴動のようなものが起これば、扇動者として逮捕される可能性がある。

 —だが板垣さんは、もうその路線で行くしかない。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と...もっと読む

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