サクちゃんへ
こんにちは。
だいぶ寒くなってきて、冬がやってきましたね。ついこの間コートを着て、友達と牡蠣を食べに行きました。歯列矯正でグイグイ締め付けられていた痛みもようやく引き、今ではサンドイッチをかじることもできるようになりましたよ。やっぱりおいしいものが食べられるっていいですね。単純に元気が出ます。
前回は、嫉妬や負けん気に関するお話でしたね。
サクちゃんは負けん気を起こしたり嫉妬をすることがないんだな、と知って改めて驚いています。
「蘭ちゃんは、負けん気や嫉妬心はありますか? あるとしたら、それはどんなときに起こりますか?」
わたしはサクちゃんの真逆、即答で「ある」です。どっちもめちゃくちゃありますよ。おすそ分けしたいくらいです。
それらが起こるのはどんなときかなぁ。サクちゃんの言う通り、「自分がほしいものやそれに近いものを手にした人に対して起こる」のかもしれませんね。
でも、負けん気と嫉妬心って、わたしのなかでは役割が違うんですよね。嫉妬心は「ほしいものを自覚するためのもの」、負けん気は「自覚したあとに『やってやらぁ!』と努力するためのガソリン」でしょうか。
ー・-・-
あのね、最近わかったことがあるんですけどね。
わたし、自分が「ほしい」と認めているものに対しては、嫉妬心って起こらないなって気がついたんですよ。
たとえばわたしは「才能」にはほとんど嫉妬しません。
わたしがもっとも欲しいもののひとつは「小説を書く才能」ですが、自分はこれが欲しいのだと心から認めているので、「小説を書く才能」を持っている人には嫉妬しないんです。
そこにあるのは「あの人にはあってわたしにはない」「欲しいなら努力するしかない」という事実、そしてそれを行動にうつすための負けん気のみです。
じゃあ逆に嫉妬を感じるものは何かというと、認めたくないけど本当は欲しいもの、に対してなんですよね。たとえばお金やステータスなんかはそんな感じです。
本当は欲しいくせに、「生活できるだけあればいい」とか「やりたいことがやれたらいい」とかあれこれ言い訳つけて欲しくない振りをしている。でも本当は、自分より稼いでいる人やみんなに認められている人が羨ましいし、自分も欲しいんです。それなのに欲しくないふりをしていると、もやもやと嫉妬心が湧き上がります。
思うにわたしの場合、「わたしも欲しい!」って認めてしまうと嫉妬心ってなくなるんですね。
「わたしも欲しい!」って認めた瞬間から、「そっか、じゃあそのために何ができるかな?」って建設的に考え始めるからです。目標が定まると、そこまでの道を探し始める。負けん気はその勢いをつけてくれるもの。だからわたしにとって、負けん気が起こるときは割とポジティブな状態なんですね。
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