岩崎さんは頭のよい男だ。あなたのようにね」|三軍暴骨(八) 2

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか?幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。青年期から最晩年まで、「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、令和版大隈像をお楽しみください。

「それは明白です。まず鹿児島一県に学問を根付かせて自治の精神を養い、不平士族たちを治権すなわち地方自治に参与させ、地方から政府を動かしていくべきだったのです。中央政府の立憲政体の樹立は、地方自治という基盤なくして成り立ちません。これを待たずして腕力に訴えるなど愚策も愚策。あたら有為の若者たちを無駄に死なせるだけでした」

「なるほど、大西郷の志は正しかったものの、その方法がいけなかったわけですね」

「しかし政府も、こうなることは分かっていたはずです。不平士族の不満を逸らす方法を考えずに討伐だけを行い、政府側にも多大な人的損害をもたらした大久保さんと伊藤さんも、万死に値する罪を犯したと思います」

「だが大久保さんは殺され、有司専制は頓挫しました」

「その通りです。しかし伊藤さんが権力を握れば、またしても独裁を志向するでしょう」

 大久保と伊藤の気質の違いを考えると必ずしもそうとは限らないが、大隈はあえて反論しなかった。

 福沢が続ける。

「すなわち政府は、『民会論』を公の世論とし、これに士族を誘導すべきだったのです。言論を自由にすれば、よほどのことがない限り、腕力に訴えようなどとは考えません。政府はこれをしなかった。士族反乱勃発の責任は政府の無策にあり、大西郷ほどの人物を死に至らしめたのも、政府つまり大久保さんと伊藤さんに責任があるのです」

「民会論」とは、地方国会開設に関する主張のことだ。

 福沢が続ける。

「このまま藩閥政治を続けていけば、薩長以外の有為の材に門戸は開かれず、いつまでも彼らが政権の中枢に居座り続けることでしょう。しかし武力を持って政府を倒すことは、もはや不可能であり、最も愚策です」

「では、どうすればよいとお思いか」

 福沢が「わが意を得たり」とばかりに力を込めて言う。

「そこで『地方民会優先論』の出番となります」

「地方議会の開設ですね」

 福沢の声音が力強さを増す。

「今、自由民権運動の活動家たちは国会開設を訴えています。しかし政府は、国会開設は時期尚早だと言っている。その理由の一つが、人々の政治に対する未成熟です。それなら政府は地方に様々な権限を委譲した上で地方議会を開設し、地方議員たちに政治というものを理解させた上で、国会を開設すればよいのです」

 福沢が唱えるのは「地方民会優先論」とで、ここにきてにわかに注目を集めていた。

「つまり町から区へ、区から県へ、そして県から国へという手順を踏んでいくべしと仰せなのですね」

「そうです。それが立憲政体というものです」

 かねてより福沢は、英国に倣って憲法を定めて国家の根幹とし、二大政党制と議院内閣制を発足させるべきだと主張していた。

「なるほど。しかし失礼ながら草莽の福沢先生が何を唱えようと、藩閥政治を維持したい伊藤らは、聞く耳を持ちませんよ」

「当然です。しかし政府に抵抗する方法は三つあります」

「三つもあるのですか」

「そうです。第一は大西郷のように武によって抵抗すること。これは最悪手です。第二に文を持って抵抗すること。これは言論と言い換えてもよいでしょう。今、板垣さんたち自由民権運動家がやっていることです」

 板垣とは、西郷と同時に下野して高知県に帰った退助のことだ。

「その二つだけではないのですか」

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と...もっと読む

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