持つべき者は、何事も直言してくれる友ではないか」|三軍暴骨(七)1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。


 明治十二年(一八七九)になった。

 松飾りも取れた頃、大隈は五代友厚の訪問を受けた。この頃の五代は大阪商法会議所(後の大阪商工会議所)の会頭として辣腕を振るい、大阪経済界の重鎮となっていた。まさに政商を地で行く五代だったが、大隈との関係は良好で、常に連絡を絶やさない間柄だった。また五代は薩摩系の政治家と商人たちの中心を成しており、政財界のフィクサー的存在だった。

 その五代が、この時は深刻な顔をしていた。

「いったいどうした」

 五代は大隈より二つ年上の四十四歳だが、ごく親しい間柄なので、大隈は敬語を使わない。

「少し気になったことがあってね」

「内閣のことか」

「ああ、君が長州の連中と険悪だと聞いた」

「まあな。伊藤や井上らは、いまだに藩閥政治を行おうとしているからな」

 世間一般が自由民権運動で盛り上がっているにもかかわらず、長州藩閥は議会制民主主義と距離を取り、いまだ寡頭制で政治を行おうとしていた。

「それは分かるんだが、少し歩み寄ったらどうだ」

「伊藤にか。冗談ではない。彼奴がわしのインフレ対策や産業振興策に、ことごとく反対するのだ。わしは井上の工部卿就任を快く認めたにもかかわらずだ。彼奴の方から歩み寄ってくるべきだ」

 五代がため息をつきつつ言う。

「いいかげん、大人になれ」

 五代が大隈をにらみつける。

「大人になどなれるか」

「それが君のいけないところだ。苦言を五つ呈させてもらう」

「五つもあるのか」

「そうだ」

「構わない。言ってくれ」

 五代が威儀を正すと人差し指を出した。

「第一に人の話をよく聞け」

「聞いておる」

「分かっている。だが君は一を聞いて十を知るかのように、人に最後まで語らせない」

「一を聞けば、その言わんとしていることは理解できるからだ」

「だとしても、最後まで耳を傾けることで、互いに信頼関係が築ける」

 大隈は相手の言の趣旨を理解すると、相手の発言を最後まで聞かないことが多々あった。

「わしは多忙だ。にもかかわらず、同じことを繰り返し言う者がいる」

「分かっている。それでもじっくり聞くのだ」

 大隈は誰かが何かを語り出すと、すぐにそれを制して、「要はこういうことか」と尋ね、「そうだ」と答えると、もう聞く耳を持たない。

「それもそうだな。わしは忙しさを理由に、他人の言葉にじっくり耳を傾けていなかったやもしれん」

「それが分かればよいのだ。次に—」

 五代が指を二つ立てる。

「誰かが君の意見と五十歩百歩のことを言ったら、自分の意見を言わず、『よくぞそれに気づいた』などと言って褒めそやし、その者の意見として取り上げるべきだ」

「つまり、これまでわしは、すべて自分の功にしてきたというのか」

「そうだ。君が気づいているのは皆知っている。だが誰かに功を取らせるのだ。さすれば君の徳望は上がり、味方が増える。人とはそういうものだ」

「そうか—」

 これにも心当たりがあった。大隈は政府内で何事も自分の考えとして主張なり提案してきた。だが誰かの一言がヒントになって、自分の考えが急速にまとまることもあった。

「分かった。君の言う通りだ。もはや一騎駆けではないのだ。わしが功を挙げる必要はない」

「そうだ。それが将たる者の気構えだ。そして三つ目だが—」

「まあ、待て」と言うと、大隈は五代に葉巻を勧めた。

「いただこう」

 二人は紫煙を吐きながら語り続けた。

「君が才能と知識に溢れているのは、誰もが知っている。だが至らない者に対し、怒気を発し、面罵するようなことがあってはならない。これが三つ目だ」

 確かに大隈は、仕事のできない下役に対し、あからさまに面罵することがあった。大隈にとって当たり前のことが、他人にとっては当たり前ではないことに苛立ちを覚えるのだ。

「それも心得ている。わしとしては、指導的立場として下役を叱ってきたつもりだが—」

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と...もっと読む

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