登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ノナ:ユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。
ノナとユーリと僕の三人は、図形の証明問題を題材にいろいろおしゃべりをしている(第308回参照)。
新たな問題へ
ユーリ「お兄ちゃん、他の問題出してよ」
僕「他の問題?」
ユーリ「ほれほれ、ノナも退屈しているし」
ノナ「退屈してないよう$\NONA$」
僕「うーん……じゃあ、『三角形の外角は、その外角と隣り合っていない二つの内角の和に等しい』ことを証明してみようか。 具体的に書くと、こういう問題」
問題
図のように、三角形ABCと点Pがあります。
このとき、角ABCと角CABの大きさの和は、角ACPの大きさに等しいことを証明してください。
ユーリ「にゃるほど! 簡単じゃん。あのね……っとっと」
ユーリは自分の考えを言いかけて、口を閉じる。
たぶん、ノナに考えてもらうための配慮をしたんだろうな。
僕「ノナちゃんは、この問題はどうかな?」
ノナ「読んでる……読んでます$\NONA$」
ノナはそういって、問題を何回か読み返す。
読みながらノナは図を指でなぞっていく。
僕「ノナちゃんは偉いね」
ノナ「$\NONAQ$」
僕「問題文に出てきた文字が、どの点に対応するかきちんと確かめているからだよ」
ノナ「読むの遅いです$\NONA$」
僕「なるほど。でも、遅くてもきちんと読むのは大事だよ。きちんと読めるならスピードを上げる練習をするのもいいけどね……ところで、この問題はわかった?」
ノナ「はい$\NONA$」
ユーリ「じゃ、ユーリしゃべってもいい?」
僕「ユーリはもう証明までわかったの?」
ユーリ「わかってるよん。完璧さ!」
僕「完璧だったら、ちょっと待てる? 先にノナちゃんの話を聞いてみよう。はい、ノナちゃん。どんなことを考えたか教えてください」
ノナ「こことここを足したのが……ここ$\NONA$」
ノナは、《ここ》と言いながら、図のあちこちを指さした。
僕「うん、いまノナちゃんは《証明すべきこと》が何かを言ったんだね」
ノナ「結論$\NONAQ$」
僕「そうそう! そうだね。結論だ。『この問題で、証明すべきことは何ですか?』と問いかけられたら、 『角ABCの大きさと、角CABの大きさを足したら、角ACPの大きさに等しくなることです』と答えればいい」
ノナ「確かめました$\NONA$」
僕「うん、問題文を読みながら図との対応を確かめるのは大事だね」
ユーリ「名前つけてもいーよね?」
ノナ「$\NONAQ$」
ユーリ「対応いちいち確かめるの、めんどーじゃん。小文字で$a,b,c,p$って名前を書いちゃおーよ」
僕「それはいいアイディアだね。角の大きさに$a,b,c$という名前をつけるってことだよね。頂点の名前に合わせて」
ユーリ「そーだよー。それから角ACPは$p$ね」
僕「ユーリは、こう考えたんだね」
- 角CABの大きさを$a$とする。
- 角ABCの大きさを$b$とする。
- 角BCAの大きさを$c$とする。
- 角ACPの大きさを$p$とする。
ユーリ「そーすると《証明すべきこと》は、$$ a + b = p $$ になった! カンタン!」
ノナ「$\NONAQ$」
僕「ユーリが言ったこと、ノナちゃんには伝わった?」
ノナ「はい$\NONAX$」
ノナは『はい』と言ったけれど、どうも何か引っかかっているように見える。
それは、彼女の自信なさそうな声でわかる。
彼女はまだ、どこかの《迷いの森》を歩いているのだ。心の中にある《迷いの森》を。
僕は、心の扉をノックする。また《先生ノナちゃん》を呼び出さなくては。
僕「(コンコン、コンコン)」
ノナ「まだ……わかってないみたい$\NONA$」
おお、反応が早い!
ノックの音だけで、ノナは自分の状態が言えるんだ!
僕「どのへんがわかってないみたい?」
ノナ「エー、ビー、シー、ピーって決めていいの$\NONA$」
ユーリ「定義は自由だよー。何でも定義すればオッケーだよー。だよね?」
僕「そうだね。『角CABの大きさを$a$とする』のように、文字を定義するのは自由にやっていいんだよ。それで考えやすくなったり、まちがえにくくなったりするならば、すごくいいこと。 物事がはっきりすることは、どんなことでも大歓迎なんだ」
ノナ「書かれてなくても$\NONAQ$」
僕「たとえ問題文に書かれていない文字でも使っていいよ。自分で文字の意味を決めればね。 違うものに同じ文字を当てはめたりしてはダメだし、 あいまいな決め方をしてはダメだけど、 話がはっきりするならば、自由に決めてかまわない」
実際、そうなのだ。
高校の授業で、長い証明を書くようになって特にそれを感じる。 適切に文字を定義するなら、書く量が激減することだってある。
長い式を一文字で表せば転記ミスも減るし、書く時間も減る。式のまとまりが見やすくなることも多い。
それから……自分で文字を定義して書くことを身につけてから、教科書や参考書を読むときの意識も変わった。
本の中でどんな文字を使っているか、 どんな定義をしているかを意識するようになったんだ。
自分で考えて書くことは、誰かが書いたものを読むことにもつながっていて……
ユーリ「……ってもいーの? ねー、いーの?」
僕「え、ごめん。何だって?」
ユーリ「ユーリの証明、もう話してもいーの?」
僕「ノナちゃんに聞いてみようよ」
ユーリ「ユーリの証明、話しても大丈夫?」
ノナ「教えて$\NONA$」
僕「じゃあ、ユーリ先生、お願いします!」
ユーリ「あいよ」
ユーリの証明
ユーリの証明
角CAB,角ABC,角BCA,角ACPの大きさをそれぞれ$a,b,c,p$とする。
三角形の内角の和は180度だから、 $$ a + b + c = \KAKUDO{180} \qquad \cdots\cdots\text{(ア)} $$ である。
また、 角BCPの大きさは180度だから、 $$ c + p = \KAKUDO{180} \qquad \cdots\cdots\text{(イ)} $$ である。
(ア)と(イ)から、 $$ a + b + c = c + p $$ がいえて、 $$ a + b = p $$ が成り立つ。
したがって、 角ABCと角CABの大きさの和は、 角ACPの大きさに等しい。
(証明終わり)
ノナ「$\NONA$」
僕「なるほど。三角形の内角の和と、平角の大きさがどちらも180度であることを使ったんだね」
ユーリ「カンタン、カンタン!」
ノナ「$\NONA$」
僕「ノナちゃんはわかった?」
ノナ「合同は……合同条件は使わないんですか$\NONAQ$」
ユーリ「使わないよん。使う必要ないし」
ノナ「難しい……難しいです$\NONA$」
ユーリ「カンタンだよー。三角形の内角の和は180度じゃん?」
ノナ「わかってるよう$\NONA$」
ユーリ「それから直線になってる角は180度だし! 図を見ればわかる」
ノナ「難しいもん$\NONAX$」
ユーリ「カンタンだって!」
ノナ「ユーちゃんみたいにtmykns……やっぱり、難しい$\NONAEX$」
僕「いやいや、二人ともちょっと待った。難しいかどうか、簡単かどうかを言い合ってもしょうがないよ。ノナちゃんは、ユーリの証明を理解できているし、 そこに出てきた三角形の内角の和や、平角のことも理解しているようだよ」
ユーリ「そーなの?」
ノナ「わかってるよう$\NONA$」
僕「えっとね、ノナちゃんが《難しい》といってるのは、どういう意味だろう」
ノナ「$\NONAQ$」
僕「ノナちゃんは『難しい』という言葉を《外》に出してくれた。僕たちにはその言葉がちゃんと聞こえた。では、そのときノナちゃんの《中》にはどんな気持ちが動いていたのかな? いったい何を難しいと感じたんだろうね?」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)