吉野への行幸
雄略二年十月三日、天皇は、吉野を訪れました。
六日、御馬瀬(みませ)※1に行き、山を管理する官人に命じて狩りをしました。重なった峰を登り、深い草むらを進み、まだ日も傾かないうちに、十の内七か八は捕獲しました。狩りをするたびに、大いに獲り、鳥や獣が尽きようとしたところで、戻って林泉で休み、藪や沢をそぞろ歩き、狩人を休ませ、馬を整えさせました。そして臣下たちに、
「猟場の楽しみは、膳夫(かしわで)※2に鮮(なます)※3を作らせることだが、自分で作るのはどうだろう」
と尋ねました。臣下たちは、とっさに答えることができませんでした。すると天皇は、大いに怒って刀を抜き、馭者(ぎょしゃ)の大津の馬飼(うまかい)を斬ってしまいました。
この日、天皇が吉野宮から帰ってくると、国内の民は皆、怯えました。皇太后オシサカノオオナカツヒメ(忍坂大中姫)と皇后ハタビヒメ(幡梭姫皇女)は、それを聞いて大いに恐れ、大和の采女のヒノヒメ(日媛)※4に、酒を捧げて迎えさせました。
天皇は、采女の顔が端麗で、姿形が優雅なのを見て、顔をほころばせて、
「お前の美しい笑顔を、見ていたくないはずがあろうか」
と言って、手を取り合って後宮に入りました。
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