ノルウェイの森』の緑がナチュラルに使いこなすモテテクは7つある

光文社新書noteの大好評を博した、早稲田大学・森川友義教授の連載が光文社新書として発売になりました。この書籍化を記念して、cakesでも全文公開します! 最後の作品は、書籍だけの書き下ろし編として収録された『ノルウェイの森』。言わずと知れた大作家・村上春樹の代表作ですが、最終回は緑の小悪魔っぷりを示す過剰なまでのモテテクの多彩さについて考えます。

(前回からのつづき)

緑の恋愛テクニックが多彩すぎる

2つめに違和感を覚えるのが、緑の恋愛テクニックの多彩さです。

女性が男性をくどくには、それ相応のテクニックが必要となるものですが、登場人物の一人である緑はいわゆる「モテテク」を駆使しています。その量は異常な多さであり、そんな テクニックをもっている女子大生は非現実的だと言わざるをえないほどです。

二人が受講している「演劇史Ⅱ」の講義後、緑が「大学から歩いて十分ばかりのところ」にあるレストランで最初に話しかけたのが1回目、翌週の授業後に四ツ谷の弁当屋に一緒に行ったのが2回目、次の日曜日に緑の自宅で緑が手料理をふるまったのが3回目の出会いですが、この3回の間に緑が使ったモテテクニックには以下のものがあります。

①戦略的服従

「戦略的服従」とは名を捨てて実をとる戦略で、相手に教えを乞い、その過程で自分の目的を達成するものです。日常生活では、「エクセルの使い方を教えてもらえませんか」といった例が典型的です。頭を下げてお願いするわけですね。言われた男性としてはうれしいものなので教えることになりますが、そうすると「お礼にお昼ごはんをご馳走させてください」という展開がありえます。このように戦略的服従を用いると2回会うことができるようになります。

これはまさしく、緑がワタナベに使ったテクニックでした。

「ねえ、ワタナベ君、あなた講義のノートとってる? 演劇史Ⅱの?」

「とってるよ」と僕は言った。

「悪いんだけど貸してもらえないかしら? 私二回休んじゃってるのよ。あのクラスに私、知ってる人いないし」

「もちろん、いいよ」僕は鞄からノートを出して何か余計なものが書かれていないことをたしかめてから緑に渡した。 (『ノルウェイの森(上)』、112頁)

ノートを返す必要があるため、緑とワタナベは必ずもう一度会うことになります。このように借りをつくる戦略を用いれば、次のデートにつながるのです。

②引きの戦略

「引きの戦略」とは、自分の感情を抑え、意図的に相手と距離をおくテクニックです。男性は女性に引かれると追いかけたくなる傾向を利用したもので、男性をじらして大きなリターンを得るために、女性がよく実践する作戦と言えます。

緑はノートを借りるとこの引きの戦略をすぐに実践します。貸したノートを受け取るため、ワタナベは最初に出会ったレストランで2日後に会う約束をしましたが、その日緑は現れま せんでした。実際に会うことになるのは翌週の「演劇史Ⅱ」の講義でしたので、1週間もの間、ワタナベは緑の存在を気にかけていたことになります。

③ランチョン戦略

「ランチョン戦略」とは、食事しながらの会話に、心地よさをもたらす効果があることから、食後に親和感を醸成させようとする作戦になります。会話が途切れても食事をすることでご まかせるといった利点もあるため、話し下手な人にも有効です。

緑はこのランチョン戦略を毎回用います。最初に出会ったのもレストランですし、2回目は講義の後なのに、わざわざ四ツ谷まで行って弁当屋に入ります。3回目は自宅に呼んで手料理までふるまいます。

④ギャップ戦略

「ギャップ戦略」とは、いい意味で期待を裏切る言動で相手の興味を引き、自分の奥行きの深さ(ミステリアスな自分)をつくり出すテクニックです。

緑は、ギャップを波状攻撃のように示し続けます。まず髪型を大胆に変えます。長い髪の毛から、4センチか5センチくらいの超ショートヘアになってワタナベに話しかけます。

髪の長かったときの彼女は、僕の覚えている限りではまあごく普通の可愛い女の子だった。

でも今僕の前に座っている彼女はまるで春を迎えて世界にとびだしたばかりの小動物のように瑞々しい生命観を体中からほとばしらせていた。 (同、107頁) 

ワタナベが緑の鮮烈な印象に驚き、心を奪われている様子がよくわかります。

さらにギャップの演出は続きます。緑は豊島区の書店を営む家に生まれた「普通の娘」でしたが、実はお嬢様学校出身であることを伝え、ワタナベを四ツ谷にある自分の出身校に連れてゆきます。「エリートの女の子のあつまる学校なのよ。育ちも良きゃ成績も良いって女の子が千人近くあつめられてるの。ま、金持の娘ばかりね」と説明し、自由奔放な自分と上手に対比させるのです。

お嬢様だから料理ができないかというと、これもまったく逆で、緑はワタナベを自宅に招 いておいしい手料理をふるまいます。料理をする姿も魅力的で、「ひとつひとつの動作が俊敏で無駄がなく、全体のバランスがすごく良かった」とワタナベを感心させるほどでした。また、昼ごはんとしてふるまわれた料理は、「鯵の酢のものに、ぼってりとしただしまき玉子、自分で作ったさわらの西京漬、なすの煮もの、じゅんさいの吸物、しめじの御飯、それにたくあんを細かくきざんで胡麻をまぶしたもの」といった家庭的なお惣菜であり、ここでも日頃の奔放な言動とのギャップが見事に演出されているのです。

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