私は以前、整体師をしていました。 ある日、よく来ていた大学生の患者さんの顔が気の毒なことになっていました。アトピーで顔が真っ赤に腫(は)れ、粉をふいているような状態だったのです。 アトピーはつらいですよね。夜、寝ているとき、かゆみに耐えられずにかきむしるので皮膚が傷だらけになり、そこからまた炎症が起きます。
「先生の治療でなんとかなりませんか?」 当時の彼は就活中の大学三年生。アトピーを言い訳にして、いろんなことから逃げている自分が嫌だと悩んでいました。 そこで、こう提案したんです。 「アトピーに向けていた強力なエネルギーを、あなたと同じような苦しみを抱えている人を救う方向に向けてみませんか?」
彼は「はい!」と即答し、大学を卒業してから私の整体院で働き始めました。彼は狂ったように働き、異常なまでに勉強をしていました。私が患者さんに説明をしていると、カーテンの奥からカタカタ音がするんです。彼がキーボードを叩く音でした。私がどのような単語を使い、どういう順番でどう説明を組み立てるのか、どんな気配 りをしているかまで、克明にメモを取っていたのです。
施術家になってからは、アトピーである自分の体と心の状態を観察しながらあらゆる治療法を自ら試し、同じ悩みを持つ者として患者さんに寄り添いました。 彼の施術家としてのキャリアが通算一万人に達した頃には、不思議なことに彼自身のアトピーの症状も驚くほど治まっていました。そして、整体院グループの総院長にまで上りつめたのです。
私のいる福厳寺では、毎年一二月に秋葉大祭という祭りを通じて「三毒を三徳に変える」という教えを伝えています。三毒とは「貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)」という心の猛毒で、それぞれ「欲・怒り・迷い」のことです。三徳とは、「智徳・断徳・恩徳」の三つ。真実 を見る智恵徳、知恵によって執着を断つ徳、利他の精神を忘れない徳という意味です。 つまり、貪瞋痴という自己の内側に渦巻くネガティブなエネルギーを、他者に役立てるポジティブなエネルギーに変えていこうという修行なんです。
アトピーに悩んだことがある人ならおわかりだと思いますが、そのかゆみや痛みと戦って消耗するエネルギーは膨大です。 そのエネルギーは三毒でいうところの瞋、つまり怒りのエネルギー。そのエネルギーを、他人を助け喜ばせるために使ったらどうなるか?
あたかも劣勢だったオセロゲームが、ほんの一手で、黒が白に一斉にひっくり返っていく。そんな鮮やかな快進撃を私は目の当たりにしたのです。 あらためて人間の可能性を思い知らされた出来事でした。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。