56年の知恵が生きる人気3大定食【スタミナ定食】相州屋

地元民から愛される絶品メニューがある。キャベツがぱりっと新鮮。漬け物はできる限り自家製。安い。女ひとりもOK。5条件を満たす定食屋を『東京の台所』の著者・大平一枝(おおだいらかずえ)が訪ね歩く。儲けはあるのか? 激安チェーン店が席巻するなか、なぜ地価の高い都会で頑張るのか? 絶滅危惧寸前の過酷な飲食業態、定食屋店主の踏ん張る心の内と支える客の物語。学生の街・明大前で、長く愛される定食屋を訪れた。

 店主の小林正数さんは82歳である。昭和39年の創業から今日まで、バリバリ現役。朝9時半に入店して掃除を始め、11時半開店。途中1時間半のまかない休憩をはさみ22時までぶっ続けで厨房に立つ(コロナで自粛の現在は20時まで)。

 長男の正紀さんもひととおり作れるが、給仕や洗い物や接客にまわり、料理のほとんどは父が担う。

 その早さにまず驚かされる。スタミナ定食、さばの味噌煮定食、チキンカツ定食はそれぞれ数分ででき上がる。早いからといって、味もその程度と思ったら大間違いだ。チキンカツはやわらかな肉がカリッカリの衣をまとい、フライの正しい歯ごたえを醸し出す。

正数さん。「ぼ~っとするのが苦手」で、営業中は座らない

「最初のうどん粉をできるだけ薄くまぶすのがコツです。厚くまぶすとカラッとならず、じっとり揚がっちゃうんだよね」(正数さん)。

 今はそう呼ぶ人が少ないが、うどん粉とは小麦粉のことである。秘密は油の温度かと考えていた私は大いに反省した。55年の経験値から生まれる含蓄を、若輩者が安易に決めつけるのは極めて失礼である。


スタミナ定食は肉110gで740円。肉増し(写真)は190gで900円

 とりわけ学生に大人気のスタミナ定食は、生姜焼きと焼き肉をミックスしたような、独特のコクがあとをひく。

「親父の考えた味付けで、にんにくをミキサーでペースト状にしたものと、おろした生姜を、炒めた最後に足しています。これだとサラリーマンなど、にんにくを抜いてほしい人にも、逆に“もっと効かせて”という人にも対応できる。生姜は既製品でなく、毎日おろしています」(正紀さん)

 豚肉はバラ肉だけだと後味が脂っぽいし、豚モモだけだと硬いからさ、と父が補足。豚バラと豚モモを混ぜて使っているという。



さばの味噌煮定食720円。白砂糖ではなくザラメを使用

 さば味噌煮の、ご飯が進むまろやかなタレは赤味噌と白味噌をミックスしている。だから味が尖らず、マイルドで飽きない。そのうえ、創業以来継ぎ足しで、煮詰まらないように、オーダーのたびに、人数分を加熱する。

 早くて安くても、おいしく仕上がる工夫は満載、歴史のある相州屋にしか出せない味なのである。

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台所の数だけ、人生がある。お勝手から見えてきた、50人の食と日常をめぐる物語。

東京の台所

大平 一枝
平凡社
2015-03-20

この連載について

初回を読む
そこに定食屋があるかぎり。

大平一枝

絶滅危惧種ともいわれながら、今もなおも人々の心と胃袋をつかみ、満たしてくれる「定食屋」。安価でボリュームがあり、おいしく栄養があって…。そこに定食屋があるかぎり、人は店を目指し、ご飯をほおばる。家庭の味とは一線を画したクオリティーに、...もっと読む

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コメント

kyu_22 明大前にいたら、毎日通いたい。なんて飯テロな連載なんだ。豚バラとももを半々(メモ) 14日前 replyretweetfavorite

chiruko_t おなすい(毎回言ってる) 15日前 replyretweetfavorite

soramame_tette 今回もおいしそう。→ 15日前 replyretweetfavorite

guchi10 明大前住まいの人がうらやまし。 15日前 replyretweetfavorite