店主の小林正数さんは82歳である。昭和39年の創業から今日まで、バリバリ現役。朝9時半に入店して掃除を始め、11時半開店。途中1時間半のまかない休憩をはさみ22時までぶっ続けで厨房に立つ(コロナで自粛の現在は20時まで)。
長男の正紀さんもひととおり作れるが、給仕や洗い物や接客にまわり、料理のほとんどは父が担う。
その早さにまず驚かされる。スタミナ定食、さばの味噌煮定食、チキンカツ定食はそれぞれ数分ででき上がる。早いからといって、味もその程度と思ったら大間違いだ。チキンカツはやわらかな肉がカリッカリの衣をまとい、フライの正しい歯ごたえを醸し出す。
正数さん。「ぼ~っとするのが苦手」で、営業中は座らない
「最初のうどん粉をできるだけ薄くまぶすのがコツです。厚くまぶすとカラッとならず、じっとり揚がっちゃうんだよね」(正数さん)。
今はそう呼ぶ人が少ないが、うどん粉とは小麦粉のことである。秘密は油の温度かと考えていた私は大いに反省した。55年の経験値から生まれる含蓄を、若輩者が安易に決めつけるのは極めて失礼である。
スタミナ定食は肉110gで740円。肉増し(写真)は190gで900円
とりわけ学生に大人気のスタミナ定食は、生姜焼きと焼き肉をミックスしたような、独特のコクがあとをひく。
「親父の考えた味付けで、にんにくをミキサーでペースト状にしたものと、おろした生姜を、炒めた最後に足しています。これだとサラリーマンなど、にんにくを抜いてほしい人にも、逆に“もっと効かせて”という人にも対応できる。生姜は既製品でなく、毎日おろしています」(正紀さん)
豚肉はバラ肉だけだと後味が脂っぽいし、豚モモだけだと硬いからさ、と父が補足。豚バラと豚モモを混ぜて使っているという。
さばの味噌煮定食720円。白砂糖ではなくザラメを使用
さば味噌煮の、ご飯が進むまろやかなタレは赤味噌と白味噌をミックスしている。だから味が尖らず、マイルドで飽きない。そのうえ、創業以来継ぎ足しで、煮詰まらないように、オーダーのたびに、人数分を加熱する。
早くて安くても、おいしく仕上がる工夫は満載、歴史のある相州屋にしか出せない味なのである。
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