ある道場で、小僧さんたちが修行していました。そのうち一人は、掃除を真面目にやらなかった。そこでお師匠さんが「おまえはなんでちゃんとやらないんだ」と尋ねると、小僧さんは答えました。
「掃き掃除に、ふき掃除。毎日同じことの繰り返しで、つまらないです」
それを聞いたお師匠さんは「そうか」と言って、その小僧さんに昼ご飯を食べさせませんでした。小僧さんはしばらく我慢していましたが、お腹がすいてたまりません。とうとうお師匠さんに訴えました。
「もう、お腹がペコペコです。私が悪かったです、ご飯を食べさせてください」
するとお師匠さんは答えました。
「おや? 同じことの繰り返しが嫌だと言っただろう? ご飯なんて朝食べて、昼食べて、晩に食べての繰り返し。繰り返しが嫌だと言うから、省いてあげたんだ」
お師匠さんはこの小僧さんに、掃除をサボった罰を与えたわけじゃありません。生きるとは、毎日同じことを繰り返すこと。その当たり前のことを、このお師匠さんは小僧さんに教えたかったんです。
家事なんてその代表ですね。朝食を作って食べてお皿を洗い、ちょっと洗濯や掃除をしたらもう、昼ご飯を作る時間。食べたらまたお皿を洗い、買い物に行って洗濯物を取り込んだら、もう夕ご飯を作る時間がやってきます。
家事に限らず、仕事だろうと何だろうと、人生は同じことの繰り返しです。私もお皿を洗いますが、楽しいですよ。全然嫌じゃありません。同じことの繰り返しの中に、毎日違った発見があるからです。喜びと楽しみがある。深まり、高まっていくものがある。
お釈迦様の教えに「諸行無常(しょぎょうむじょう)」という言葉があります。時間的・空間的にこの世の中のすべてのものが死滅に向かって変化し続けているという意味です。代わり映えしない顔も昨日より老いて、同じに見える木も昨日より季節を進めています。
絶えず違うことをしている人間は、細やかな変化に気がつきません。同じ作業を繰り返すからこそ、変化に気づくことができる。小さな変化に気づく力を、感性と呼びます。感性を鈍らせたまま生きていくのは、もったいないことです。
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