卒業の決意

「タカラヅカ」を支えているのはトップスターだけじゃない!100年以上の歴史を持ち、未婚女性たちが「清く、正しく、美しく」をモットーに歌い踊る宝塚歌劇団。その美しさでファンを魅了するスターの隣には、モヒカンの悪役や貫禄のあるおじさん役を全力で演じきる名バイプレイヤー・天真みちること「たそ」の姿があった……。元SMAP中居正広に「友達になれそう」と、元花組トップスター明日海りおには「宝塚に新ジャンルを築いた」と言わしめた伝説の元タカラジェンヌによる、誰も知らない爆笑宝塚エッセイ。

どうも。

一言だけ言わせてください。

『はいからさんが通る』はいいぞ……。

それでは参りましょうか。ゴー♪ (ビビるくらい前置き短いですがマジでゴー♪)


私の頭の中の消しゴム

中間管理職のブルースは続いていた。

私は、元来ちゃらんぽらんな性格をしている。

基本的に行雲流水の如く生きていきたい性質なので(えらい格好良く言ったな)
「私についてきな」みたいなお姉さまに「へい!」と子分のようについていくのが好きだし、外食する時なんて一生メニューが決められないので、自動的に「シェフのおススメ」になる。

そんな、最高に優柔不断な私でも、タカラヅカに在籍し、年を重ねていけば必ず「管理職」の学年になってくる。

こんな性格のまま、上級生としてふるまわれても、下級生は路頭に迷うだけ。

続けていくならしっかりと物事を管理できる人間にならなければならない。男役10年、1人前の男役として尊敬される役者にならなければならない。

そう思うあまり、私はこの、「~しなければならない」という、通称「have to病」(勝手に名付けた)に飲み込まれてがんじがらめになっていった。

元々上に立つのが得意なタイプではなかったので、背負わんでもいいものまで勝手に背負いこみ、気が付いた頃には何をするにも緊張しまくるようになってしまった。

この頃から、少しずつ演じるということが楽しいとは思えなくなっていた……


緊張のピークを迎えたのは、2015年『カリスタの海に抱かれて』の公演中。

トップスターの明日海さん演じるカルロが、新しい赴任先で、私の演じるバルドーと会話する場面でのこと。袖中で何度もセリフを復唱していたのにも関わらず、本番、自分のセリフが全く出てこなかった。

『虞美人』の新人公演以来、2度目のセリフ忘れだった。

自分で一番許せなかったのは、虞美人の時から5年も経っていたのに、見ている人全員が「あの人セリフ忘れたんだな」とわかってしまうくらい、何一つカバー出来ずただただテンパってしまったことだ。


「上級生として1番やってはいけないことだ………」


明日海さんにもご迷惑をかけてしまった。なんてことをしてしまったのだろう。

これではお客様や下級生に合わせる顔がないと、ひたすらに悔いた。

その日以降、その場面になると必ず一瞬セリフがわからなくなる、アスリートにおける「イップス」的な(神の子幸村的な)ドツボにはまっていった。

どんなに袖中で復唱しても、言った端からセリフが消えていく。 頭の中にハイパー意地悪な自分がいて、セリフをかき消してしまうのだ。

本来は見ている方に夢や感動を如何に届けられるかという世界で、あのとき「セリフをきちんと覚えられたか」という、大前提の状態で千秋楽まで演じてしまった事を、今でも深く後悔している。

私は、日に日に舞台に上がるのが怖くなっていた。


病の浄化

そんななか迎えた、バウホール公演『スターダム』。

同期の鳳月杏の初単独主演公演というプレッシャーもあり、私の「have to病」は重症状態だった。

演出は、劇団一格好良いと名高い正塚晴彦先生(本当にそう思う)。

音楽学校時代の演劇の授業でお世話になり、その後劇団生として先生の作品に出演するのは2011年の『カナリア』以来2度目だった。

タカラヅカの演出家の先生の演出方法は十人十色、本当に様々だが、短い期間での稽古になるので、集合日に台本を渡され本読みをした後、次の日から立ち稽古に移り、台本は2~3日で外すのが基本だ。

だが、正塚先生の場合は、集合日に本読みをした次の日も全員で本読みをする。そして、先生が気になるところで止め、その都度そのセリフを発する生徒の感情と、先生が演じてほしい役の感情について、本人がしっくりくるまで徹底的に議論する。

1番最初の役の骨組みを作っていく段階で、その役が「どんな人物なのか」齟齬が起きないよう丁寧に示してくれるのだ。

勿論、役者が一から自分一人でイメージを膨らまして体現し、演出家がそれを受けて演出していく方法もある。それはそれで役者冥利に尽きるので好きだが、私は正塚先生の演出方法に物凄く心が救われていった。

元々私は、活字の読解が物凄く遅い。
ここに書かれていることがどんな状況なのか、理解するまで何度も反芻する必要がある。

読書を続けることによって、「頭に入ってきやすい作家」「頭に入ってきやすいフォント」があることがわかったのだが、集合日に渡される台本は、事前に読むことが出来ないので、本読みの日は1番緊張する。

そうはいっても男役10年を迎えた1人前の役者なので、「……え~。天真さん全然役の意図がわかってないじゃん……」とか周りに思われたらどうしよう。終わる……と、読み始める0.1秒前までは心臓が口から出そうになっている(そのまま読むので多分心臓は口から垂れ流していると思う)。

でも、正塚先生の場合はゆっくりと一緒に読んで下さるので、「1人前の男役たるや、本読みの段階で台本を深く読み込まねばならない」といういつもの「have to病」が発症しなかった。

正塚先生はいつも、

「俺はこうしたいけど、お前はどうしたい?」

と、こちらの意見に耳を傾けてくれる。そして、私たちへ宿題を課し、次の日それを見て、またディスカッションという名の演出を付けてくれる。

「天真は?」と聞いてもらえることによって、少しずつ「1人前の男役たるや」ではなく、「自分自身がどうしたいか」だけを考えるようになっていった。

そうして、先生と共に作り上げていった役のセリフをノートに書いていき、その文字を読む事で、「自分の言葉」でセリフが頭に入ってくるようになった。そうやって覚えたセリフは不思議と忘れることがなかった。

それ以降、どの台本も、演出家の先生の意図を汲んだ後に、セリフを必ず自分の字で書き直して覚えることにした。

その後迎えた本番、ひとつひとつ感情を紐解きながら作り上げた役は、「have to病」の緊張を抱きとめた。

「良く見せよう」ではなく、「どう見られようが私は私だ」と、全てを受け止める覚悟で臨む事が出来た。

それよりも、共に演じる相手の日々の反応の違いによって少しずつ変わっていく芝居や、役を通して拡がっていく人生について考えるのが面白くて仕方なかった。


私は久しぶりに演じるのが楽しいと心から感じることが出来た。


そしていつしか、「演者全員が心から楽しいと思える芝居を創りたい」と思うようになっていった。

様々な先生の作品に出演しながら、作り手の世界の意図を汲んで役を創っていくだけでなく、自分で1から創ったらどんな世界ができるんだろう……と、私の興味は「演じる」事から「創る」事へと移っていった。

心の中にふと沸き上がった夢を、千秋楽の後、正塚先生に真っ先に打ち明けた。

すると、それを聞いた先生は、「役者から演出家を目指すのは良いと思うで」と、背中を押してくださった。


じゃあ、「『タカラジェンヌ』としてやり切った!」と思ったら卒業しよう。


この日から、「タカラヅカを卒業すること」を頭の片隅に置きながら過ごす日々が始まった。


タカラジェンヌとしての終活

では、何をもってして「やり切った!」と思うのだろうか。

卒業していった上級生の方に「卒業しよう!と思った決め手は何ですか?」と聞くと、百発百中で

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こう見えて元タカラジェンヌです

天真みちる

「タカラヅカ」を支えているのはトップスターだけじゃない!100年以上の歴史を持ち、未婚女性たちが「清く、正しく、美しく」をモットーに歌い踊る宝塚歌劇団。その美しさでファンを魅了するスターの隣には、モヒカンの悪役や貫禄のあるおじさん役を...もっと読む

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コメント

fukuchan415 卒業の決意|天真みちる @utatteodoreruyo |こう見えて元タカラジェンヌです https://t.co/feDZtghZRH 22日前 replyretweetfavorite

utatteodoreruyo 今日もお疲れ様でした(^^) 昨日最新話更新したのですが、お知らせ遅れました(>人<;)すみませぬ。 よろしければ〜 23日前 replyretweetfavorite

really_reality 書かれていることがなんかタイムリーすぎてずしんと胸に来た…→ 23日前 replyretweetfavorite

nattomakimakiko 軽い感じで書かれているけれど、読んでいて胸が締め付けられました。 書籍化楽しみです(*´∀`*) そして、「はいからさんは通る」はいいぞ(まねっこ) https://t.co/Jn5qiIH6p5 23日前 replyretweetfavorite