イラスト:澁谷玲子
「あなたの夢のダディと恋をする」ためのゲーム
この世界にはときどき、自分のために作られたものが誕生することがある。そういう奇跡に巡り合ったとき、僕はたいてい「フー! 日ごろの行いー!」と言って自分を甘やかすのだけど、まあ「自分のために作られた」の部分が勘違いか錯覚だったとしても、僕はその瞬間の興奮のために生きていると言っても過言ではない。
だけど、あるゲームの発売が発表されたとき、少なくもとも自分にとってそれは勘違いでも錯覚でもなかった。いいですか、みなさん、タイトルからしてすごいですよ。それはダッドがダッドとデートする物語をポップかつキュートに描いたヴィジュアル・ノヴェル・ゲーム、『Dream Daddy: A Dad Dating Simulator』(以下『ドリーム・ダディ』)です!
ゲーム実況を発信するなどの活動をしているチームGame Grumpsがリリースしたアメリカ発のインディ・ゲームで、本国版が2017年に、そして日本語版も2020年に発売されている。
『ドリーム・ダディ』はその名の通り、あなたの夢のダディと恋をするためのゲームだ。プレイヤーは主人公のシングルファザーになりきって、引っ越し先のご近所の素敵なダディたちと交流し、デートを重ねることで心を通わせていくのが目的となる。「ダディとデート……? それは不倫じゃあ……」とご心配のみなさまもだいじょうぶ、(ほとんどの)相手ダディたちはシングルファザーだし、エロ要素もないので(セックス描写はロマコメ的朝チュンで)、とても爽やかに恋は進行する。また男同士で恋愛することがとても自然なこととして扱われているので、僕のようなゲイにもとても優しい。
お相手のダディたちも、じつに個性豊かな7人が揃っている。ドレッドヘアーが印象的なカルチャー系ダディのマット、ちょっとシャイな国語教師でインテリ系ダディのヒューゴ、大学時代のルームメイトでいまは3人の子どもを育てつつスポーツにいそしむフィットネス系ダディのクレイグ、吸血鬼風のアウトフィットで孤高の雰囲気を醸すゴス系ダディのダミアン、教会で牧師を務める(一見)小ぎれい系ダディのジョセフ、などなど。
ゲームの発売前から僕が一目で好きになったのは、もちろんダッド・ボッドで髭もじゃ、アロハシャツの似合う豪快なおっちゃんのブライアンで、公式からキャラクター紹介された時点で絶対に彼とデートしようと……いや、彼を攻略しようと決めていた。「好きなもの:娘の成績自慢 嫌いなもの:パパ業で後れを取ること」というブライアンのダッドすぎるプロフィールを眺めながら、ワクワク発売を待ったものだ。
いきなりベッドに誘われた
本国版がリリースされるとすぐに購入、それほど英語が達者なわけでもないのに膨大なテキストを一生懸命読みながら一気にプレイしてしまったのだった。これが期待以上に素敵なゲームだったのである。
ダディとダディが恋をするという時点で自分向けなのだけど、とりわけ僕に刺さったのは、3回のデートで真剣に交際する相手を選ぶ仕組みになっていたことだ。僕は相手を知っていく過程にもっとも恋のときめきを感じる人間なので、1、2回目のデートが(リアルだろうと二次元だろうと)大好きなのである。魅力的なダディたちとの初々しい時間を疑似体験できる——これほど胸が高鳴るゲームがかつてあっただろうか……!
顔や髪形だけでなく体型や髭も選べる主人公ダディのキャラメイクをして(この時点でめっちゃ楽しい)、「もちろん自分の名前にするよね~」と名前を「つよし」と入力して、いざブライアンとデート! とゲームを開始する。物語のイントロ部分では高校生で美大受験中の娘アマンダとの関係がざっと紹介され、引っ越しを完了するといよいよお相手のダディたちと出会うことになる。
(※ここから『ドリーム・ダディ』の物語展開の詳細に触れますので、知りたくない方はぜひプレイしてからどうぞ)
……と、ここで一周目はブライアン一筋で行こうと思っていた僕の前に曲者が現れる。革ジャンを着こんで暗い目を鋭く光らせる、どう見ても訳ありの不良ダディ、ロバートである。バーで出会った寡黙な彼と成りゆきでいっしょに帰宅することになった……と思ったら、いきなり家に……というかベッドに誘われる! 展開早くないー!? でも、深夜にバーで会ったワルそうでセクシーなおじさんの誘いを断るって選択肢ありえる!? とホイホイついて行った僕は、朝チュンののちに「帰れよ」と冷たくあしらわれ撃沈したのだった。
……や、そっちから誘ったやん。これで終わりじゃないよね? まだあるよね? あなたのこと何も知らないよ? ほら、ちゃんとデートもしてないし……ね? 今朝は用事があったから早く帰さないといけなかったんだよね? うん、そうに違いない。
その後ゲーム本編がスタートし、ダディたちとデートができるようになると、僕は脇目もふらずロバートを連打。しかしこちらが送ったメッセージは無視され、かと思えば向こうの都合のいいときに体目的で呼び出され、見事にヤり捨てされ、まったく不良おじさんの心を開けないままゲームは終了。なんじゃそれー!!
どうやら最初に一夜限りに誘われたときにしっかり断らないとロバート・ルートのフラグは折れる(シナリオが展開しない)ようで、「マジか……ワルくてセクシーなダディによろめかないほど強く心を持たないとダメなのか……」と、僕は真剣に自分の恋愛に対する姿勢を反省する羽目になったのだった。
その後、唇を噛んで何とかメチャ悪オヤジの一度目の誘いを断り、ようやく正式なロバート・ルートに入れた僕は、深夜に彼と町を徘徊し、その危うい行動にハラハラしながらもようやく少しずつ仲良くなることができた。そこで僕……いや主人公は、ロバートが繊細であるからこそ器用に生きられず、ひとり娘とも疎遠になり自暴自棄になっていることを知る。そして彼が内側に隠していた弱音を吐くのを受け止めてやることで、特別な関係になっていくのだ。いやあなるほど、会ってすぐにやっちゃうより、絶対こっちのほうがちゃんと心を通わせられますな……(反省)。
ヘテロ男性にこそプレイしてほしい
と、ロバートにかき乱されながらも彼の攻略を完了させた僕は、その後無事ブライアンのことも思い出し、彼と娘自慢対決(なぜかポケモンをパロディしたミニゲームになる)をしたり、家族ぐるみのミニゴルフ・デートをしたりして、ほのぼのと好みのダディと交流することもできた。
釣りデートのときには、主人公が湖に落ちたところを助けられ、お約束の上半身裸にドキドキな展開もあり。横目でブライアンの逞しい裸をチラチラ見つつ、彼の愛犬の腹を撫でていると、「おいおい、俺の腹を撫でてくれる奴はいないのかよ?」と言ってくるもんだから、僕はパソコンの画面の前で「ひー!」とマジで叫んでいた。
そんな風にしてダディたちにときめき倒してゲームを大満喫した僕は「やっぱり自分のために作られた奇跡だった……」と真っ白に燃え尽きたのだけど、ほかのダディたちともデートをするなかで、「でもこれ、いろんなひとに……とくにヘテロ男性にこそプレイしてほしいゲームかもしれない」という考えに至ったのだった。
というのは、たしかに『ドリーム・ダディ』にあるのはダディ同士の恋愛だけれど、同時に中年男性同士の心のケアも描かれているからだ。
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