「この子を強くしてください」私の空手道場には、そう言って我が子を連れてくる親がいます。
皆、内弁慶で不器用ないじめられっ子ばかりです。もう二〇年以上も指導をしていますが、その傾向は変わりません。活発でみんなとうまくやれる子は、サッカーや野球などの人気クラブに自分から入りますから、道場には来ないんです。
「いじめられっ子が強くなる」というのは武道の意義の一つ。しかしそのために、私がまず目を向けるのは、その子の性格ではありません。励まされて元気が出ますか? 大声で怒鳴って強くなりますか? 泣くなと言われて泣かない心が育ちますか? あり得ませんよね。
じゃあ何に着目するかといえば、「心・技・体」の一番入りやすいところ。つまり、体から入るんです。心からは決して入りません。
禅の修行では「進退(しんたい)」について非常に厳しく言われます。進退とは立ち居振る舞いのこと。禅道場の場合は、合掌して頭を下げる動作、歩く動作、立ったり座ったりる動作、お袈裟(けさ)の付け方、食べ物を口に運ぶときの動き、食べた箸をふいて元の位置に戻すときの所作、鐘の鳴らし方、木魚の叩き方、お経本の持ち方……などなど。
禅の道場に行くと、まるで重箱の隅をつつくように、一日中細かく厳しく注意されます。それだけ、体から入っていく「進退」は修行において大切だからです。禅の影響を強く受けている武道にも「心技体」という言葉がありますが、これは習得するのが難しい順番なんです。
だから初心者は心でもなく、技術でもなく、体から習得するのが一番良い。いじめられっ子の場合も、 「心を強くする」のは最後に習うべき上級ワザであって、人づきあいのテクニックもまだ早い。まず体から始めるのが一番です。
いじめというのは、子どもだけの問題ではありません。職場のいじめ、大人のいじめもたくさんあります。人間はフラストレーションや不安、行き場のない怒りが溜まったとき、それを弱き者にぶつけてしまうという弱さを持っています。もしかしたら、あなたもそのはけ口にされたことがあるかもしれません。
まずは体から変えていきましょう。私がお勧めするのは「正座」です。まず、足を重ねる「しびれない座り方」はしないこと。骨盤は前傾させ、胸の中心の骨を斜め上に向け、頭を天井に突き上げて、肩を落とします。首を長くするイメージです。このような姿勢で座ったら、両手のひらを太腿の付け根に置き、五分間、心を落ち着けてまっすぐ前を見つめましょう。
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